最新更新日:2018/02/21
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2月21日(水):おおぞら組「交流校外学習」(旭高原 元気村)    4年「5校交流学習」(古瀬戸小学校にて)    22日(木):4年「餅つき 見学&体験」(尾張東地方卸売市場)    23日(金):6年「5校合同 校外学習」(博物館 明治村)

きょうの給食(2月9日)

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[今日のメニュー]

・関東煮
・五色あえ
・わかめごはん
・牛乳

 「おでん」と「関東煮」、それぞれの違いを説明するのは難しいものです。
「コンビニで売っているのが、おでん?」
「屋台などの暖簾(のれん)に書いてある文字が関東煮・・」
などと言う人はいますが、実際のところはどうなんでしょう?

 「関東煮の起源」については諸説いろいろあるようですが、その中の一つに文字どおり、“関東地方から伝わった煮物”という説があります。
 「おでん」のルーツは、煮たり焼いたりした具に味噌を塗る「みそ田楽(でんがく)」が始まりだと言われています。はじめは味噌をつけていたものが、今のようなしょうゆで煮込むおでんになったのは、関東近郊で醤油作りが盛んになった江戸末期と言われています。
 手間のかかるみそ田楽に比べ、醤油味のおでんは煮込むだけですむので、屋台で手軽に食べられる軽食としてまず関東地方で広まり、やがて関西にも伝わりました。(江戸前寿司も屋台で立ち食いスタイルで食べられていた・・という記録もありますね)
 その時に「みそ田楽」と区別するために、醤油味のものは「関東煮」と名付けた・・と言われています。
 関東煮の起源のもう一つは、伝わった時期が江戸より後の大正時代という説です。きっかけは1923年に起きた関東大震災。震災後に関東の料理人が関西に避難する一方で、関西の料理人が復興需要を当て込んで関東に進出するなど、東西の料理人が行き来したおかげで、醤油ベースの関東煮が関西地方に広まった・・・というものです。割り下を使う関東風の「すき焼き」などもこの時期に関西に伝わったと言われています。 
 「五色あえ」は、ほうれん草、にんじん、オイルツナ、もやし、油揚げなど数種類の食材を砂糖、醤油、ねりゴマ、すりゴマで和えてあります。

 今日は金曜日ということで“ごはん給食”です。磯の香りがする「わかめごはん」が登場しました。
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