最新更新日:2024/05/25 | |
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研修の楽しみ研修の喜びを知ると、研修のがたのしみになる。 逆に、研修のつまらなさを知ると、研修がつらくなる。 研修が楽しくなるような企画をすることである。 このことは、企画する人に対する注文である。 次は、参加する人への注文。 研修を受ける講師の情報をネットで調べることぐらいはしてほしい。すると、ホームページを見付けることになる。予習する態度はほとんどない。 これで自ら学ぶ子どもを育成できるのかなあ。 [志水廣の公式ホームページ] プロの資格プロはアマチュアとは異なる。 若手の講師さんと比べてダントツの差があること。 まして、保護者が教える場合と追いつけないほどの差があること。 言い換えると、熟練の技を身につけていること。 熟練の技は、毎日の改善によって生まれる。 この改善力があなたのオーラとなって現れる。 子どもの前にたって「輝いて」ください。 [志水廣の公式ホームページ] 悩みを夢に変換どんな人にも悩みがある。悩みはうまくいかないから、悩み。 見方を変えると、悩みは夢でもある。 夢を実現したいなあと思うと、わくわくして悩みは減る。 [志水廣の公式ホームページ] パーツ練習授業は、はじめからすぐにうまくならない。 だから、パーツに分けて、練習してみることである。 見通しの持たせ方・・・ヒント包含導入法 机間指導の仕方・・・・○つけ法 コミュニケーション、練り上げ・・・意味付け復唱法 志水流にパーツを示している。 上手への道のりを示している。 使ってみてほしい。 [志水廣の公式ホームページ] ○つけ法の納豆原理志水塾が茨城で開かれたこともあり、○つけ法と納豆を結びつけてみた。 納豆の性質にそってやろう。 教師も子どもも賢くなる○つけ法を実践してほしい。 [志水廣の公式ホームページ] 20.8.11 エリートの世界ある教育長さんの話。 その方は、全く教育畑を歩いてこなかった。突然の就任である。 市内の教員相手に話をすることとなった。 目の前に何百人もいる教員を見て、びっくりしたという。 「エリートの世界だと」 これだけ優秀な人を一同に介する業界は考えられないという。 「優秀なんだから、がんばってほしい」と。 そうですよ。優秀なんだから、がんばらないとね。 [志水廣の公式ホームページ] 「個に応じる」ことの勘違い研究会でのある教師の発言。 「算数が苦手な子どもに対しては、社会科で認めます。」 これが個の特性に応じることだという。 また、続いて発言。 「計算の苦手な子どもは、図形が得意なことがあるので、図形のところで認めます。」という。 何か勘違いしていないか。 「算数が苦手な子どもはずうっと苦手でよいのか」 また、「計算が苦手な子どもは、ずうっと苦手でよいのか」 子どもは、「ぼくは算数が苦手だから仕方ないんだ。社会科で認められればいいんだ」とか「計算が苦手だから仕方ないんだ。図形でみとめられればいいんだ」と本当に思っているのか。 やはり、心の底では、「算数が得意になりたい」「計算が得意になりたい」と思っているのではないか。 この心の叫びが、私の「愛の現れ」の詩なんだけれどね。 担任であるあなたが、子どもを変容させる役割なんですよ。 [志水廣の公式ホームページ] 常におだやか日数教大会の分科会で助言者として役割をになった。 8本の研究発表があった。 助言者は、私と仙台市の校長先生。 この方は、とても素晴らしく、かなりものが見える方である。 常に、発表者の行為をほめ、なおかつ足りない部分も指摘されていた。 1番目の発表と8番目の発表がいわき市の研究発表者で、そこを指摘して熱心だという。こういう視点で褒められたらやる気がでると思った。 あれは、即興ではできないわざである。 私も長所伸展法に徹したが、校長先生に見習いたいと思った。 蛇足だが、私もその校長先生から褒められた。「志水先生は、熟練の技をわたしたちにわかりやすくマニュアル化して教えてくださいます」と。参りました。 [志水廣の公式ホームページ] 「教えたり」「教えられたり」「教えたり」「教えられたり」して、人は伸びていく。 [志水廣の公式ホームページ] どんな授業がしたいの?どんな授業がしたいのか? これによって、教材分析も異なるし、授業方法も異なる。 算数の問題の解き方は教師が解説し、そのあとひたすらドリル。 このパターンだと、子どもに考えさせる必要もない。 つまり、自力解決の場は邪魔になる。 当然、自力解決の苦しみは教師も子どももない。 だから、自力解決での机間指導で声かけをしようということも必要なくなる。 立場のちがいなんだよね。 [志水廣の公式ホームページ] 恥ずかしい講演などでは、初めてのお出会いが大半である。 もちろん、○つけ法や意味付け復唱法の志水メソッドも始めてである。 だから、初めて知って「恥ずかしい」という人がいる。 この人は、もっと以前に出会いたかったともいう。 この人は見込みがある。 こういう人は、かならず実践しようとしてくれるからである。 本当に恥ずかしい人は、講師の助言を無視する人である。 つまり、何も行動しない人がいる。 ただ、冷房の部屋に来て、研修に参加しただけか。 こんな人こそ「恥じる」べきである。 講師が話したことの一つでもよいから実践してみよう。 すると、良いことが起きる。 それが、研修に生かせてくれた学校、教育委員会へのお礼である。さらには、講師に対するお礼だと思う。 ぜひ、子どもたちに還元してくださいね。 [志水廣の公式ホームページ] 「知る」と「できる」何かを「知る」ことと、何かを「できる」こととはレベルが違う。 これは子どもの話。 今度は、教師側にたとえてみると、 何かを「知らせる」ことと「できるようにする」ことととは全く異なる。 授業の目標は、もちろん、「できるようにする」ことである。 そのためには、「できるようになるための」手だてをうつことであり、また「できるようになったか」どうかの確認をとることである。 [志水廣の公式ホームページ] できる人はできる人の条件は「やりくり」上手、「だんどり」上手。 「やりくり」は今持てるもので運用すること。 「だんどり」は下準備が行き届いていること。 できる人を見ていてそう思う。 [志水廣の公式ホームページ] 体質改善何か事があると、悪玉を見つけようとする。 そして、それを削除しようとする。 でも、それで組織は生き残れるかというと、無理だと思う。 というのは、体質が残っているからだ。 どんな体質にするべきかを考えて、体質改善から始める方が、遠い道のようだが、早道となると思う。 [志水廣の公式ホームページ] 写真は、桃。青森でも桃ができるそうだ。 人生のボタン人生のボタンはある日突然、押される。 それはたいがい、自分の意志とは、ほど遠いところでボタンが押される。 だから翻弄されているとも言えるし、後で考えたら、必要で必然だったとも言える。 50代半ばになって、必然なんだろうなと思えるようになった。 それほど間違った人生ではなかったからだ。 むしろ生き生きとしてきたからである。 ボタンが押されてもそんなにあわてることはないというのが実感である。 [志水廣の公式ホームページ] 先取り学習千葉県君津で講演したときのことである。 講演の最後にある校長先生が謝辞を述べた。 その際、事前に志水先生の本を読んできたという。 この本は、和束小学校の「算数科学力アップ大作戦」である。 講演の中で、和束小学校にも触れた。このほんの中で、「先取り学習」について校長先生は紹介された。簡潔に先取り学習について説明された。 それになぞらえて、「講習会での先取り学習とは、予習のことであり、私はこの本を読んだおかげで、本日の講演が楽しみであったし、なおかつ本の話と講演の話が結びついた」という。 「みなさんも講習会にでるときにはそうした方がよいですよ」とさりげなく話された。 謙虚な言い方ではあるが、予習の心構えについて話された。 講演で始めて話を聴いてそれから講師の本を読むのか、講演前に講師の本を読むのかでは効果はかなり異なる。というのは、はじめて○つけ法や復唱法という言葉を聞くと、その言葉が聞き慣れないものだから脳はかなり混乱する。そのうち、あっという間に講演時間は終了する。夏休みなんだから、予習してのぞむといい。本屋が近くに無いって。今やネットを利用すれば、明日届く時代である。要は、き・も・ち。 短い話ではあるがとてもインパクトがあった。 [志水廣の公式ホームページ] 人の評価人に対してあれこれと、評価するのが世の常。 でも、その人は己が正しいと思って道を歩んでいる。 結局、人の評価は、良かったのか悪かったのか、死なないとわからないものである。 [志水廣の公式ホームページ] ソフトが変化をもたらす建物などのハードは目に見える。だから、お金をつぎ込む。 人の知恵は、目に見えない。だから、お金を出し惜しむ。 しかし、ハードよりも知恵のソフトの方が価値がある。 ソフトは、組織や社会に変化をもたらすからだ。 あなたが、ソフトを大切にし始めたとき、あなたの周りに変化が起こると思いますよ。 [志水廣の公式ホームページ] 何も見えないからできる何も見えないからできる。 何か見えるとできない。 見えないから大胆に始めることができる。 [志水廣の公式ホームページ] 青いりんご青いりんごを見た。 ほんのり色づいている。 あなたの「ほんのり」はどこかな。 [志水廣の公式ホームページ] |
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