最新更新日:2024/09/22 | |
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つながるつながらない一つの出会いがある。 出会ってつながる人あり。 出会ってもつながらない人あり。 波動が合えばつながるし、波動が違えばつながらない。 面白いなあ。人生は。 ゼロと無限大ゼロと無限大は紙一重。 ゼロを極めようとすると、無限大に行き着く。 無限大を極めようとすると、ゼロに行き着く。 合気教育の基本は、気を合わせること。 教師の言葉で子どもが動くこと。 動くと言っても、子どもの気持ちが教師の指示に気持ちよく動くこと。 軍隊のように指示・命令伝達で動くようでは、気持ち良く動いたとは言えない。 教師の言葉に、子どももそうなりたいという気持ちが発生して動くことである。 そのためには、教師は子どもの気持ちもよく聴いて理解することに努めることである。 次々に来客落合先生、小林先生。 近藤さん、前田さん。 大学院先生の田中さん、平野さん、坪井さん。 まさにラッシュアワーとなりました。 どうしてかって。 それは、私のバースディ。 62歳になりました。 この世に生まれて感謝しています。 教える喜び教えることって楽しいよね。 なぜ、楽しいかって。 教えると、子どもは「分かる」から・「できるようになる」から。分かったとき、できるようになったとき、子どもはいい表情を見せる。 つまり、お役に立てているんだね。 教える喜びがあるから教師は続けられる。 教えることはセミナーの講師でも同じこと。 受講者に分かってもらうと、できるようになってもらうと嬉しい。 メンツを立てる昨日の談話会では、「面子」について語った。 齋藤一人さんは、彼の本の中で読者からの質問に対して回答している箇所があった。 「Q ついてるついてると意っているのですが、ついていると思えない自分がいます。どうすればよいのですか」 齋藤さんの回答として、「私は『ついてる』ということを言うとよいと主張している人である。なのにこの質問は、私の面子をつぶしている。キリスト教の教えを聴きに来て、キリストの教えを否定しますか」と。 こんな内容であった。 確かにそうで、私のファンで講演会で「○付け法が効果ないのですが」という人はほとんどいないが、まれにこういう質問する人がいる。 質問自体が、私の面子をつぶしている。 「○付け法をすると、こういう効果がありました。ありがとうございました。」というのを待っている。これで面子が立つ。 では効果が出ない人はどうすればよいかと言うと、まずは本を読む、DVDを見る、成功している人に聞く等して、正しいやり方を知り、その上で子どもに合うように自分のやり方を改善すること。 「面子」というのは人間関係形成能力としてとても大事なことである。 「たまたま」「たまたま」を研究室に持参した下石暢彦さん 宮崎のイオンで見つけたきんかんです。 でかい!! つぶがそろっている。 たまたま見つけたそうです。 一流と二流と・・・・一流のリーダーは、理想を語り理想に向かって、現実をみて行動する。 二流のリーダーは、理想は諦め、現実可能な目標に向かって行動する。 三流のリーダーは、現実を見つめ、現実の維持を向かって行動する。 四流のリーダーは、現実を見つめ、何もしない。 五流のリーダーは、現実を見つめず、何もしない。 実は、一流と二流の差はかなり大きい。ひょっとして十流くらいかもしれない。 理想が高いとなぜよいのか。理想に向かって行動すると、奇跡が起きる。 理想が宇宙の意志にかなっていれば、その理想に導くべくラッキーなことが起きるからである。 どの子も「分かる」「できる」授業の構築を目指して志水メソッドは取り組んでいる。 このことに共感できる人とおつきあいしたい。 上記以外としては、 理想を語るが、何もしないリーダーもいる。 これは単なるホラフキ。 バランス教師と子どものどちらかが強いと、倒れてしまう。 どちらの気持ちも合って、力のバランスを保つことである。 小さい弱い力で合うときもあるし、強い大きな力で合うときもある。 とにかくバランスを合わせることである。 はじめに合えば、少しずつ力を高めていくことができる。 くずれたときに高めようとしても、傾きが大きくなるだけで、それが学級崩壊になるか、教師が倒れるだけとなる。 このときのキーワードが、「許すこと」。 志水研究室志水研究室のみなさんです。 「大変」の意味何か大きなことがやってくると、「大変だあ」と思う。 この「大変」の解釈を九州大会で落合康子先生に教わった。 大変とは、大きく変わること。 大きく変わることができるチャンス、 だという。 ああ、そういうことか。 大変だから大きく変わることができるのか。 そうすると、大変なことを受け入れることはありがたいことなんだね。 おかえりなさい FDA夕方、福岡空港19時00発のFDAで飛行機で名古屋空港に戻った。福岡へはいつもFDAを利用している。 福岡空港で機内に入ったときアテンダントから「お帰りなさい」とひと言言われた。 ああ、この人は行きの飛行機のアテンダントだった! 一瞬のキャッチ&リスポンスだった。 ということは、彼女も私のことを覚えていてくれたのであった。 ものすごく嬉しかった。 最高の「おもてなし」である。 搭乗中、うきうきして帰ることができた。 さすがFDAである。 富士山にも登るような夢心地であった。 フジドリームエアライン!! 遅れているはずなのに国道一号線はのろのろです。電車も遅れていました。 豊川市の国府駅まで電車で行く必要があります。 駅に着くと、案の定、ダイヤは乱れていました。 30分遅れです。 はじめの特急は東岡崎駅まででうち切りでした。 それでも乗りました。東岡崎の駅で普通電車が止まっている可能性があるからです。 東岡崎に着きました。すると、普通電車は止まっていました。ラッキー。 これに乗ろうとすると、アナウンスがありました。 次ぎに入る特急は国府駅に臨時停車するというのです。 ラッキーなことです。 遅れている電車が来て乗ると、臨時停車してくれました。 だから、予定より2分早くつきました。 遅れているのにもかかわらず早く着いた。 まさに着いている。ツイテイルでした。 思考と行動は思考と行動はどちらが先か。 行動が先である。 思考ばかりしていても何も成果は得られない。 行動すれば、必ず結果はでる。 この結果は、10点かもしれないし、80点かもしれない。 それは行動する前には分からない。 新刊本を2冊連続して発刊したが、そのきっかけは、わくわくクラブの機関メールブック「悠愉」の連載から始まった。4年間くらい前からのことである。 でも、落合先生も大羽先生も行動したのである。もちろん、志水も行動した。だから、結果がでてきたのである。 連載を始めるときは、単行本にできたらいいなあという願望でしかなかった。ところが、進めていくと、あれよあれよというまに、実現への道が始まった。 とにかく行動せよといいたい。 もちろん、結果がだめなときもある。そのときは、だめのやり方がわかったんだから、次からは修正すればよいのである。これでまた行動できる。 だから、もう一度言う。行動せよである。 15ポイント上昇そのとき、落合康子先生がいらして、こんな報告をしてくれました。 先日、三重県のZ小学校に招かれてお話してきました。 その最後に教頭先生からもう一度、今年度末までに指導に来て欲しいということでした。 どうしてかというと、「志水メソッドは確かに効果がある。初めてから我が校は学力テストで言えば15ポイント上がったから。もっと教えてほしい」ということを話されました。 ありがたいことですね。 志水メソッドを地道に実践された学校も素晴らしいですね。 また、その先鞭となった落合先生の指導力も素晴らしいです。 教える者と学ぶ者とのコラボができてこそ、学力は上がるのです。 「愛」「心」の本で志水と落合のパワーを感じてほしい。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 誰に褒められるか権威ある人に「褒められる」と嬉しいものである。 「褒める」と、自己を再認識して肯定しようとし、重要感をもつ。 すると、生きる希望が湧く。 人間関係形成能力キャリア教育の要素に人間形成関係能力がある。 これって何か? 義理と人情で生きるということである。 義理は受けた恩は返すということ。 しかも倍返しですること。 人情は人に親切にするということ。 たったこの2つだけである。 恩を返し、人に親切にすればこの世はハッピー間違いなし。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 本当のプライド「あの人にもプライドがある」とかばう管理職がいる。 プライドとは、成功しているからもつもので、失敗している人がもつものではない。 言葉の使い方が違う。 管理職の責任は、成功させてプライドをもたせることにある。 写真は沖縄の桜 バリアフリー雪景色の中、東京を往復したとさきほどの記事に書いた。 まだ、松葉杖状態である。 名鉄駅、新幹線駅と車いすのサービスを利用した。 名鉄知立駅、名鉄名古屋駅、JR名古屋駅、JR東京駅とその都度、車いすのサービスを受けた。見事な連携プレーだと感じた。 本当にありがたいことだと思った。 私が主役でない仕事ならば自宅にこもっているのであるが、どうしても東京には行く必要があった。 とても良い国だとつくづく思った。 感謝しています。 終わりと始まりある仕事が終わった。 翌日、新しい仕事が舞い込む。 今年度、このようなことが2回あった。 不思議だなあ。 新しい仕事が始まるためには、私の体が空かないといけない。 だから、古い仕事は終わったのだ。 新しい仕事が来るまでいくつかの縁がつらなっている。 突然、生まれるわけではない。 宇宙の計らいは、数年前から始まっているのかもしれない。 |
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