最新更新日:2024/06/10 | |
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教材研究教材研究の楽しさは、教材研究によって新しい見方が生まれることだ。 教材の深さと指導の仕方と子どもの予想が織りなす空間の想像である。 これらの想像を創造していくのが教材研究である。 頼る自立することは大事。 でも、時には頼ることも必要。 頼ったときは、感謝を忘れないこと。 最適解人生はその時その場で最適解を探す道のりである。 人生に対する安心感人間は不安といつも向き合っている。 だから、ふつうにしていれば、マイナス思考になってしまう。 年を重ねると、いろんな不安がでてきても最悪のことを 想像することは少なくなる。 これまで、いろんなピンチを乗り越えてきたからである。 では、若いときはどうなるのか。 経験不足の状態である。 このようなときにどのように考えればよいのか。 それは、解決しない問題は発生しないということである。 その人自身が解決できるのである。 では、本当に解決できないとするとどうなるのか。 解決できないのなら、悩むだけ無駄である。 人生の問題は解決できる問題なのか、全く解決できないかのどちらかである。 この振り分けさえれば気が楽となる。 誤解していないか教材研究とは学習指導案を書くことだと思っている。 その前にやるべきことがある。 教材分析である。 教えたい内容をググる、調べるのはもちろんのこと。 教科書の細部にまで細かく分析することである。 この段階を飛ばして指導案を書くから、深い学びとならないのである。 この深さはどこまで行っても深いものである。 だから面白いのだ。 エゴから脱却し、エゴに戻る自分が可愛い。自分が大事。 やがて、自分だけでなくて、周りの人も可愛い、大事となる。 そして、また、自分が大事になる。 自分が楽しいから周りの人も大事である。 自分が苦しいのに、周りの人を大事にすることはできない。 常に心と頭にゆとりを心や頭が満杯になっていると、 新しいことが入らなくなる。 すると、古い心と頭で、酸化してくる。 新鮮な心と頭であるためには常にゆとりをもつようにしたい。 手っ取り早い手っ取り早くもうたもの、手っ取り早くなくなる。 手っ取り早く身に付けたものは、手っ取り早く消えていく。 やはり、自分で考えて工夫して身に付けることが肝要だ。 底今のあなたが、マイナスの状態だとします。 いつかは底にたどりつきます。 そうすると、底をはうか、のぼるしかありません。 もうさらに底にいかないのですから、楽しみしかありませんね。 花火大会デスクで仕事をしていると、ボンと音がした。 花火だ。 刈谷の花火が自宅から見える。 昨年は、事務所の近くの田んぼで地域の花火を見た。 刈谷の花火を見たのは何年ぶりだろう。 仕事仕事の毎日だったから見ることがなかった。 今年は、自宅から花火が見える幸せを感じた。 外見から変える心の悩みはその人の内面から起きる。 これに付き合うと、つきが落ちる。 つくためにはどうすればよいか。 1つの方法は、外見から変えてみるのである。 例えば、・笑顔 ・顔につやを出す ・光物をつける ・姿勢をよくする ことである。 斉藤一人さんは、つきのない人は顔がくすんでいるという。 その脱却には、頬にクリームをつけるとよい。 これで光るのである。 光れば明るく見える。 世の中の原理として、不均衡はやがて釣り合うという法則がある。 明るい服、明るい靴、明るいアクセサリーを着ると心も明るくなるのである。、 心言一致心で思うことと使う言葉は一致したい。 そうすればなやむことはなくなる。 なぜなら、心と言葉のずれが真正にとって心地よくないものだから。 眼鏡の効用物が見えないとき、眼鏡をかければ見えることがある。 眼鏡は見えるようにするための道具である。 学習面でも眼鏡が必要なことがある。 視覚優位の子どもには、聴覚茂樹では理解は促進されない。 視覚をメインとした道具が必要になる。 例えば、絵をもちいる。写真を用いる。動画を用いる。 これら視覚にうったえることが不可欠である。 だから、これらの道具が眼鏡と同じ役割をもつ。 一方、聴覚優位の子どもには視覚補助よりも音声を中心とした道具が必要である。 いずれにしてもその子の特性に応じた眼鏡に当たるものを提供したい。 言葉の選択ある事象を表すのに言葉を使う。 その際、A という言葉では納得しなしのに、 Bという言葉では納得することがある。 不思議なことだ。 コミニュケーションというのは言葉の的確な運用と言える。 28歳28歳で独立説。 なるほど、これはありそうだ。 喜怒哀楽とのつき合い方人間には、喜怒哀楽という感情特性がある。 大いに喜べはいいし、起こりたいときは起こればいい。哀しみたいときは哀しめばいい。楽しみたいときは楽しめばいい。 我満することはない。 ただし、いつも怒っているとまわりも本人も気分が悪い。スカッと起こるだけでいい。 喜怒哀楽がある以上否定することもない。でも、できることなら起こりたくないし、哀しみたくもない。明るくいい気分でいたいよね。 コンサルタントいろいろあっての昨日の面談である。綿密なコンサルティングができた。 希望をもつことができた。 秘書がひとことつぶやいた。 「これで、一つの学校を助けることができますね」と。 私は目の前のことで必死で、そんな意識もなかったけれど、 言われてみれば確かにそうだ。 |
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