最新更新日:2024/05/06
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笑瀾万丈57  突然の電話

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☆突然の電話
 夜、自宅にいたヒロシに電話がかかってきた。
「あの話(出版のこと)はどうなりましたか。」という。
啓林館「理数」誌担当の長野さんからだった。思いもかけない一言だった。
「実はね、M図書には断られました。現在、図書文化社にお願いして見当してもらっているところです。うまくいくかどうかは不明です。」と自信なく話した。
 すると、「では、私どもの方で出します。」
耳を疑った。私の聴力は確かなのか?確かだ。ほんとに言いましたよね。言いましたよ。長野さん、後戻りできませんよ。と心の中で叫んでいたヒロシであった。
またもや、♪ダダダ、ダーン。運命の一言。
 ♪あなたは稲妻のように、私の頭と心に響いた。
 神様、仏様、長野様。ありがたやありがたや。
 どうも、長野さんが上司の部長と相談して動いてくれていたようだった。
そこで、出版が決まった。
 本当に、人生は不可解なことが起きる。自分から頼んでもいないのに、配慮してくれていたのであった。今から思えば、宇宙貯金を3年間貯めていたおかげだったのであろう。
 この一冊で作家として華麗なるデビューを果たすのであった。
 半年がかりで全ての原稿を出し切り、二回の校正を経て、赴任四年目、37歳にして初めての一人で書いた本ができあがった。『教科書を活用した算数の授業』である。単著である。とても感慨深いものとなった。恩師の三輪辰郎(筑波大学)教授も推薦の言葉を添えてくださった。ありがたいことである。


笑瀾万丈56 処女作『教科書を活用した算数の授業』

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処女作『教科書を活用した算数の授業』

☆初めての単行本
 附属小学校に赴任して3年目。ヒロシは附属小学校にきた証しが欲しかった。なんとしても一冊の本くらいは出版したい。筑波大学附属小学校のネームバリユーの価値を確かめたかった。とはいえ、先輩の先生方に比較したら♪カモメはカモメ、いやヒヨコもヒヨコである。
 だから、筑波の志水廣の知名度はかなり低いと自覚していた。研究発表会をしても先輩の先生方の授業室には大勢の人が全国から駆けつけていた。それに比べて…。だからこそ一冊出したかった。
 3年目になると、啓林館発行の「理数」誌の連載原稿が3年間分たまっていた。算数の指導のポイントを連載したものである。ヒロシは、これらを何とかまとめたいという思いがつのった。
 そこで、出版社を探すことにした。初めから啓林館という頭はなかった。啓林館は教科書を作る会社であって、当時は教育書を出すことはまれであったからだ。ただし、記事をまとめ直すので、「理数」誌の担当の長野さんにはこの話はしておいた。他の出版社に頼んでみるからと。
 コンセプトは「教科書を活用した授業」である。出版社として数少ない知り合いの明治図書のSさんにお願いしてみた。Sさんは、「算数教育」という雑誌を編集されていた。ヒロシを応援してくれていた。ところが、Sさんには直接刊行する力はなく、上司の企画会議に出すことにした。この企画は没となった。当時は、教育技術の法則化運動と教材開発がブームであった。よって、教科書の活用というテーマ自体に魅力を感じなかったようだ。もちろん、ヒロシの知名度のなさも理由の一つだった。
 がっかりした時に、ちょうど思い出したのは、図書文化社のKさんである。(のちに社長になられている。)Kさんは親身になってヒロシの思いを受け止めてくださった。「分かりました。企画会議にかけてみます」ということだった。一ヶ月後に回答するということだった。企画会議がありその報告がくるときだった。

5月の教材研究 第4学年「1けたでわるわり算の筆算」を送信します。

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第6回 5月第2週「できることを大切にした授業をしよう」限定配信

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「ユニバーサルデザインに基づく学級経営」動画を配信します。

第6回 5月第2週「できることを大切にした授業をしよう」

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笑瀾万丈55 ☆研究授業に「命」

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☆研究授業に「命」
 皆さんは、研究授業が成功することにどれだけ命をかけているだろうか。考えに考え抜いているだろうか。
 たった、一回の失敗で、次の年の参加者が減るのだから毎年厳しい戦いであった。
 女性の先生方は、とてもストレートで「あの先生の授業は良かった」ということになれば、一人で20人くらいの広報マシンとなる。プラスの広報かマイナスの広報かでは大きな違いがでる。負けておられるかという感覚である。そのためには子どもを鍛え、教材も開発していかねばならないのである。
 6月の研究公開が終わった瞬間、学年主任から告げられた。「さあ、今から二月を考えるんだよ。」つまり、二月の研究公開の授業を今から考えておけということである。いやはや筑波の教官は強者揃いだとおそれいった。もちろん、6月の後は二月の準備、二月の後は6月の準備をする研究リズムとなった。
お陰様で、附属小最後の年、40歳のときの参加者は100名を超えていた。




5月の教材研究 第5学年「小数のかけ算」を送信します。

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笑瀾万丈54  圧倒的な差

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☆圧倒的な差
 もっと厳しいことを言おう。
 社会科の有田和正先生は50歳くらいのとき、300名の人を集めて授業された。附属小学校では入りきらないので、わざわざ近くの全林野会館のホールで授業された。ところが、ほぼ同じ年齢の社会科のZ先生は研究公開には40名ほどであった。これが附属小学校の自由競争の世界であった。私から見たら、Z先生も結構勉強されていて子どもにも人気はあった。それでも、300対40は圧倒的な差であった。
 こういう世界で退職まで生きていかねばならない。うかうかしていられない世界であった。最初の年に40名の参加であったから、次の年には50名、その次は60名を目指そうと思った。全国から来ている参加者は授業の上手い教師なら評価してくださる。だから頑張ろうと思った。


志水廣 1050 動画 中学校数学科の授業34 深い学びをつくる授業 「多項式どうしの乗法」

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5月の教材研究 第6学年「分数×分数」を送信します。

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笑乱万丈53 学習指導案検討

☆学習指導案検討
 赴任当初6月の公開研究会の授業はとにかく初めてであるから、私は先輩の先生に指導案を見せに行った。
 まず、算数部のトップの中川三郎副校長先生に見せに行った。
 中川先生は、副校長室で、「志水君、まあ座れ。」と言って、私の指導案を机の脇に置き、
「変わり方というのはな、どういうことか分かっているか」、「関数だな」…と、30分近く講義を受けることになった。そして、指導案は全く見てもらえなかった。それで、やり直しであった。
 次に、手島勝朗先生に見てもらった。すると、教材観のところで、「筆者は、…と思う。」と書いたので、指導案に筆者とは何事かと注意された。筆者という表現は他人事のように思えるからである。この当時、指導案の書き方はとても下手で、大学院を出たとき、論文は「筆者」と書くべきだと思っていたので、この癖が残っていた。内容面のアドバイスももらったが覚えていない。修正して手島先生に持っていくと、「もういい、自分でやれ」という。(心の声:勝手だねぇー)。先輩も忙しかったのだろう。その後、学習指導案を事前に見せることはなくなった。
 授業当日、恩師の三輪辰郎教授も茨城県のつくば市から東京の文京区まで参観に来てくださった。これが最初で最後だった。励ましの言葉をいただいた。
 




笑乱万丈52 公開研究会

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☆公開研究会
 筑波大学附属小学校は、年に二回、6月と12月に大きな研究発表会がある。6月は、筑波大学附属小学校独自の研究発表会である。附属小学校の研究テーマに沿った発表会である。二月は先月紹介した初等教育研究会が主催する研究発表会である。どちらも木曜日、金曜日の二日間実施される。6月は2000名、二月には4000名の先生方が全国から集まって参加された。とにかく規模が大きい研究発表会であった。
 

志水廣 1049 動画  中学校数学科の授業 33 中学校3年 ガイダンス

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笑乱万丈51 ☆原稿書き

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☆原稿書き

 筑波に転任して実務として多くなったことは、原稿書きである。「教育研究」は月刊誌だから12回を35人の教官で割り振ると、年間8本は出さなくてはならない。それも内容は多様で、実践報告、図書紹介、エッセー、研究会報告、主張論文などさまざまな分野で書かなくてはならない。編集部員になると、その上、提起文なども必要である。
 その上、明治図書の雑誌「算数教育」に連載、また毎日小学生新聞「算数チャンピオン」に毎週連載した。また、啓林館の「理数」という雑誌にも連載していた。だから、多いときで、月に7本くらいの原稿が押し寄せてきた。まさに、蒙古襲来である。つまり、原稿の役である。次々と押し寄せる原稿をぼうっと見ていても終わるわけでもなく、粛々と書き続けるしかなかった。
毎日担任をして授業しているわけであるから、書くのは夜になる。夜も会があると、朝方になる。朝、4時に目覚めて7時までに400字詰め原稿用紙に20枚書き上げる。当時はまだワープロは出始めで、手書きで仕上げた。手書きの方が速いし、完成度も高い。今は、パソコンに向かい書くので、いつでも修正可能と思っているので雑な文章になる。
 一番困るのは、良い実践を年間7本くらい生み出すことである。絶えず考えておかないと、良い教材は生まれない。原稿に嘘は書きたくないので、ともかく良い実践を生み出すほかなかった。
 振り返って、考えてみれば、あれが私にとっての修行だったのだ。書くためにはアイデアがいる、良い実践がいる。これらが連鎖して鍛えられた。

教訓;やむを得ず押し寄せる仕事には、黙ってやり続けるしかない。この作業の中で、人は鍛えられる。


常に現状維持か、現状改善か

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4/29 今日のひとこと

現状維持と現状改善では、大きく差が開く。

維持は心穏やかであるが、わくわくはしない。

現状改善は、常にチャレンジで、わくわくする。

あなたの魂はどちらが心地よいのだろうか。

突然の収入

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4/28 今日のひとこと

わくわくクラブが出版している本が突然売れました。しかも予想外の数でした。

ありがたいことです。

わくわくクラブは地味な活動で損得なしで運営しているのですが、本当に助かります。

宇宙貯金のおかげです。

第5回 4月第5週「心の声が出てしまう子の対応」 限定配信

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第5回 4月第5週「心の声が出てしまう子の対応」

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授業力アップわくわくクラブサロン会員のみ 第1回 子どもの心を引きつける学級・学年経営動画 「学力向上作戦」を配信します。

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笑乱万丈50 ☆「入会の言葉」の文章の波紋

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☆「入会の言葉」の文章の波紋

私としては、「田舎」という言葉に愛と尊敬を込めて書いた。教頭先生は山形弁でとても面白い。教官会議では不思議な集団だなあというのが正直なところであった。
 ところが、田舎という言葉がかんに障った人がいて、思いっきり叱られた。附属小学校始まって依頼の大学院出ということもあって、「何だ、あいつは」ということになった。美文だと思って書いたのが、先輩からの逆鱗に触れた。申し訳ありません。後悔しております。
 田舎者に田舎者と言ったのが悪かったようだった。私は神戸っ子なのでシティボーイだと自分では思っていたから、田舎にはあこがれをもっていた。だから、田舎という着眼に我ながら感心したのだが、改めて「入会のことば」の文章を読み返してみると、田舎と言う言葉をかなり使っていて、関西風のくどさがある。吉本ののりかもしれない。当時の東京には吉本新喜劇は放映されておらず、このくどさを理解してもらえなかったのも当然だと思う。

教訓:同じ言葉でも人によって捉える意味が違う。


笑乱万丈49 初等教育研究会

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☆初等教育研究会

 筑波大学附属小学校には、校内に社団法人があり、初等教育研究会という。ここでは、毎月定期機関誌「教育研究」を発行している。
明治時代から続いている雑誌である。主に附属小学校の教官が記事を書いている。私が着任したときは、1000号を迎えていた。伝統のある雑誌である。国内でもこの手の雑誌は、広島大学附属小学校と奈良女子大学附属小学校だけである。
 さて、筑波に着任したから、当然、入ることになる。そこで、四月の初めに原稿がきた。「入会のことば」を書くようにという依頼である。B5で1ページ書いた。これを紹介しよう。附属小学校に入ったときの初発の感想が述べられている。

大都会の中の田舎
 六甲の水で有名な神戸より上京し四月から附属小でお世話になっております。必然的に初等教育研究会に入会しましたが、何かしら漠然とした喜びと不安が同居しております。
 というのも、附属へのお誘いがあるまでは、筑波大学附属小については、お名前だけで全く縁がございませんでした。何しろ「教育研究」も購読していなかったぐらいですから附属小及び初等教育研究会については全く無知であり、雲の上のことだったわけです。
 突然、附属小の転任の話が決まり、附属そのものが雲の上から地上の私の目の前に降りてきた次第です。
 そこで、入会の弁というよりも、着任して一ヶ月間の感想を述べることにします。
 標題にもかかげましたように、ここは、まさしく東京の中の田舎です。
 奇異に感じられる方が多いでしょうが、本当に田舎なんです。筑波山ではなく、文京区大塚にある田舎なんです。どうして田舎なんでしょう。
 まず、環境施設面について述べます。
 ここは、広い敷地を有し、しかもまわりがとても静かだということです。広い運動場が二つ、体育館が二つ、広い庭園である占春園の存在、どれをとっても大都会の中にあるべき空間ではありません。やはり田舎なんです。
 ついでに述べますが、ボロッちい校舎も田舎的です。良く言えば、伝統の重みが感じられるわけですが、とてもそのようなものではなく、お世辞にもきれいとは言えません。
 テレビにしても白黒テレビも残っているようですし、しかも本当に写るのかしらと首をかしげたくなるようなしろものです。現在、校舎改修の計画があるそうなので、その計画に期待したいと考えております。
 次に、すばらしい人的財産について述べます。子ども、教師、親という三者は、どれもすばらしく、それも田舎が残っていてすばらしいのです。
 子ども達は、のびのびしていてたくましい限りです。附属のお坊ちゃん、お嬢ちゃんというイメージではありません。ここには、公立校のような管理教育は見当たりません。個性を尊重し、自主性を重んじているようです。先生方も、信念を抱いて教育にあたっておられる訳ですが、陰で見守ってくれる親も大きな力です。「おらの学校さ、大切にするだべ。」という気持ちがあってこそできるものなのです。そういう気持ちは、まさに田舎風です。
 最後に、地方なまりの残る先生方は、田舎の熱血集団を感じさせられます。
 この附属及び研究会は、いつまでも田舎風でいくべきです。設備は、近代的にしていく必要はありますが、東京高師の伝統にふさわしく日本の教育界をリードしていくべき田舎でありつづける、即ちふるさとでありつづけるべきだと考えております。
 私も、早く大塚の田舎っぺになりたいと考えております。よろしくお願い致します。



笑瀾万丈48 「入会の言葉」事件

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「入会の言葉」事件
☆エールのつもりが…
 6月のこと。ヒロシは「教育研究」を読む会のため合宿していた。
 教官の有志が集まって「教育研究」に書いた文に対して評価する勉強会であった。
 突然、先輩のMさんが「あのなあ、この前の『入会の言葉』はなんや。どういうつもりで書いたんや。」と質問してきた。
 「はあ、附属小学校に赴任した正直な気持ちを書いたつもりです。」
 根が正直なヒロシは嘘はつけなかった。本当の気持ちを愛を込めて書いたのだった。
ところが、「はあっ!」
と返信が来た。「これはやばい」どうも怒っているらしい。
 あの文章のどこに悪いところがあるのか気がつかなかった。
 どういうつもりで、「田舎」と書いたのかと。
「ああ、さては、『田舎』という言葉が気に入らなかったらしい。」
うどん粉よりも練りに練った文章であった。『田舎』というたった一つの語彙に引っかかるものがあったらしい。
そばにいたTさんが同様に攻撃してきた。
ヒロシは猛烈な攻撃に黙りを決め込んで、炎上してしまった。


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