最新更新日:2024/05/20 | |
本日:1
昨日:23 総数:440894 |
挨拶の瞬間は修行挨拶は、心を開いて迫る行為である。 だから、相手から挨拶されるのか、自分から挨拶するのか。 教師から挨拶するのか、子どもから挨拶するのか。 どちらが先ということもない。 ごく自然に行えばいい。 学校訪問に行くと、自然に子どもから挨拶してくる学校がある。 小学生でも中学生でもこの自然に挨拶してくる学校は、かなり安定している。 学校診断の一つのバロメーターである。 教師から挨拶しても子どもから応答がないときもある。 こんなときどうするのか。 ひたすらすればよい。 見返りを求めないというのは、このことを言う。 心を開くというのは、応答ある子も応答ない子も、教師の心の中に認めることをいう。 だから、一瞬の挨拶は、心の器を広げる修行でもある。 [志水廣の公式ホームページ] |
|