最新更新日:2010/06/11
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閉校にはなりますが、4月以降もこのサイトは存続します。「過去の記事」の2009年度をクリックすると、見られます。更新するとはありません。アクセス、ありがとうございました。

職員の感想(卒業式・閉校記念行事)

【会場の花】
 卒業式の証書を受け取る卒業生が、歩く道を飾ったパンジーの花は、この日に合わせて7人を祝うために満開で咲くようにと、太郎小学校を最後に退職された益川和子元校長が思いを込めて育ててこられたものだった。
 愛情が格別深く注がれていたパンジーは、子どもたちの花道をしっかりと美しく輝かせてくれていた。

【見えない思いやり】
 卒業式場のしおれた花を摘んだり、廊下の手洗い場の汚れを最後に拭いてきれいにしてくださったりなかなかみんなが気がつきにくいところをそっときれいにしてくださっている先生を目にした。
 誰もが自分の仕事に目が行き、忙しく動いている当日の朝だというのに…。

 閉校式の朝には、別の先生が体育館の舞台の映像を映し出す壁の汚れが気になったようで、うたおにの方が映し出してくださる「135年の太郎生小学校の思い出」を美しく映し出すようにと女性なのに軽々と脚立を抱えて来て、届く範囲できれいに拭いてくださっていた。その先生は20日(土)の夜、午後10時まで体育館の準備を手伝い、翌日は7時過ぎに学校に入っていた。
 こんな思いやりがあちこちにあるからこそ、あの素晴らしい式場が整えられていったのだなあと、その先輩たちの姿を見て私もそんな人になりたいと思った。
 思えば、いつもそうだった。太郎生小学校はいつもそんな学校だった。
 どんな時も、パズルをはめていくように足りないところは誰かが必ずそっとサポートしてくださっていた。この最後の太郎生小学校の職員は、みんな優しさと思いやりにあふれた方ばかりだった。自分もその一人であったと思いたい。それが仕事なのだから当たり前だと言われるかも知れない。
 でも、その当たり前がこんなにも美しく見えるのは、この太郎生小学校が本当に素晴らしい学校だったから。


【閉校式の片付けで】
 式が終わってから、椅子と机などが早速片付けられていった。その中に、卒業した中学生の姿が。
「暇やから」と言いながらも、掃き掃除・モップがけ・ストーブの片付けといった手伝いをそれがまるで当たり前というように動いてくれていた。これが太郎生の力だと思った。子どもにもちゃんと受け継がれている素敵な力。

【動き回る教頭先生】
 卒業式・閉校式の朝、始まる際までジャージ姿なのだ。普通は、早めに着替えてデーンと座っているのかと思いきや、なんだか一番忙しそうに動き回っておられる。
 後で聞くと、テントを建てるかどうかの判断や受付のやり方、さらには靴を入れるための袋を体育館の玄関に用意して置いたはずなのに、朝、見ると見当たらないのであわてるということなどがあったらしい。そのほかにもいろいろと当日ではないと対応できないことがあったはず。
 準備が悪くて動き回っておられるのではない。職員がサボっているからでもない。全てにおいて細やかな気配りと気遣いの方なのだ。今頃、疲れ果てて寝込んでおられないかと心配。


閉校式での挨拶

 3月は別れと出会いの季節であると言われます。太郎生地区にとりまして、今年の3月はとりわけ寂しいことになりました。135年の歴史を持つ太郎生小学校が閉じられることになったのです。
 一昨年、太郎生小学校PTAの皆さんは何度も会議を持ち、閉校・統合について話し合いを重ねました。私は時のPTA会長・日置光昭氏が「135年の歴史を閉じる判断を我々の世代で行ってもいいものか」と悩む姿をそばで見ました。まさに苦渋の決断だったのです。
 そして、今日、とうとう閉校式を迎えました。しかし、太郎生小学校の閉校はさみしいことではありますが、悲しいこととはとらえたくありません。私たち大人が、子どもたちの教育環境を整えたいと考えて判断したことです。美杉小学校に向かって夢と希望を持ち、前向きに進んでいく子どもたちを心から応援したと思っております。
 太郎生小学校の最後となったこの1年。しっかり話を聞く子どもたち、学校を信頼してくださる保護者の皆様、そして子どもたちに一層の学力をつけようと努力する職員。太郎生小学校の教育実践は、この三者が一体となって押し進めることができる学校だからこそ、可能となりました。
 ここで教育活動の内容を申し上げる時間はありませんが、太郎生小学校では充実した教育を行ってきましたと自信を持って言い切れることが、誇りであります。 
 皆さん、今、顔を上げてしっかりと話を聞いている子どもたちの姿をご覧ください。この姿こそ太郎生小学校がもっとも誇るべきところのものであると私は思っています。
 太郎生小学校で学んだ子どもたちは変わらず今の姿勢を保って新たな環境で学び続けていきます。太郎生小学校がなくなろうとも、「学びの心は永遠に」続くのです。「話をしっかりと聞く」という太郎生小学校で学んだ子どもたちのまっすぐな姿がこれからも引き継がれて行くであろうことを、母校である太郎生小学校の最後の校長として皆さんの前で申し上げたいと思います。
 さて、ここにお集まりの皆様。このあとの記念行事では、合唱団「うたおに」、「美杉コールフォレスト」、美杉中学校の皆さんの協力を得て、合唱をお聴きいただきます。太郎生小学校の体育館で、太郎生小学校の子どもたちの合唱をお聴きいただくのは最後となってしまいました。私の知る限り、全校児童がこんなに素晴らしく合唱が出来る学校は他にはありません。
 子どもたちの心を一つにした歌声と子どもたちの素晴らしい姿をどうぞ長く記憶の中に留めていただきますようにお願いいたします。それが太郎生小学校がこの地に残す教育の証の一つでもあります。
 最後に太郎生小学校の長き歩みに関わったすべての方々に深く感謝申し上げ、私の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

 ※写真の2枚は、最後に会場の皆さんと一緒の大合唱の様子です。「校歌」と「さようなら」。このサイトにアップしてあります。右下のデータ欄です。


閉校式、終わる

 3月21日、太郎生小学校の閉校式・閉校記念行事が終わりました。500人ほどの皆さんが参加していただきました。
 
 私は、疲れ果てました。HPの更新は明日行います。アクセスしていただき、ありがとうございます。

 ※写真の2枚は、最後の校歌の大合唱。

 下は記念碑の除幕。「学びの心は 永遠に」



明日が閉校式

 日付が変わってしまいました。

 閉校式の日を迎えてしまいました。自分の母校が、自分が最後の校長として閉校式を迎えるというのはどんな気持ちなんだろうか。2日前、そのことを三重テレビの山口アナウンサーに聞かれました。

 学校は地元にあった方がいいに決まっています。歩いて行けるところの方がいいのです。そんなことは保護者も十分に分かっています。しかし、保護者は21年度末での統合を選ばざるをえませんでした。
 寂しさはあります。残念な気持ちもあります。しかし、私たち大人が自分の意志を一人ひとりが表明して、決めた結論です。辛い決断ではあっても、その重みをこの1年半ほど受け止め続けてきました。
 
 複式であれ、小規模であれ、学校は本来の学校の目的達成のための努力を重ねるだけです。そこにはウソがあってはいけません。ひとり1人の子どもをしっかりと見て、しっかりと指導するということがあるだけです。太郎生小学校はこの1年あまり、そのことのために職員は努力してきました。

 38人の子どもたちは本当に素晴らしい。子どもたちの姿から学ぶことはいくつもありました。閉校式でも、子どもたちは涙をこらえて、すばらしい合唱を聴かせてくれるはずです。私も、涙はもう少し後にして、太郎生小学校の子どもたちの最後の合唱を自分の耳と目と心で聴きたいと思います。

 太郎生小学校の閉校式。そのまっただ中にいる自分。自分には自分の姿は見えません。


最後の練習〜中学生〜

 いよいよ明日に閉校式がせまりました。
 夜、中学生が合唱の最後の練習にきてくれました。
 30人以上の参加者!前回の練習よりもさらにパワーアップして中学生らしいすてきな歌声を聞かせてくれました。成長した彼らの姿に感無量でした。

 練習を見ているだけでも、感動します。小学校の閉校式に、中学生が集まって素晴らしい合唱を聴かせてくれるのです。皆さん、ありがとう。
 明日も期待しています。


明日の準備

 ただ今、夜の10時です。夕方から合唱団「うたおに」のメンバーの方が来て明日の記念行事の舞台準備をしてくださっています。
 音響、映像、照明などを綿密に準備していただく姿に頭が下がります。

 下の写真は、うたおにの小柴先生のコメントを聞く中学生。小柴先生のコメントをいただけるなんて、幸せです。


教育長のお祝いの言葉

 太郎生小学校の卒業式には津市教育委員会の中野教育長が来てくださいました。最後の卒業式だからでしょう。

 中野教育長は来賓としては一番早く来校されました。そして、福井教頭の案内をうけ、式場での確認をしていただきました。
 その後、しばらく時間があったので校長室で話をさせていただきました。教育長さんと直に話をさせていただくということは、普通はありません。校長会で挨拶を聞いたり、辞令をもらう時ぐらいしか接点はありません。

 でも、太郎生小の卒業式に来ていただいたのです。この機会に少し話をさせていただきました。中野教育長さんは3月に就任されています。また、高校で校長をされていたとお聞きしました。それなのに、太郎生小学校のことをかなりご存じなのです。
 実は、太郎生小がその歴史を閉じるということもあり、ぜひ教育長さんに太郎生小学校があったということと、そこでは素晴らしい教育活動をしていた(つもり)だということを知っていただきたくて、学校便りなどを教育委員会の指導主事にお届けしました。私が直接、教育長に送ることは立場上できませんので。
 しかし、今は津の市議会などで多忙を極められているとお聞きしました。その資料が仮に教育長さんの手元に届いても、パラパラとめくる程度が普通です。「読んでください」ということはかえって失礼なのです。その程度のことはわきまえているつもりです。
 
 ところが、校長室で話を聞かせていただいていると、私が書いた「たろうっこ」の内容に関わったことを言われるのです。驚いて「読まれたのですか」とお聞きすると、小さな声でふつうに「はい。見せていただきました」と。
 
 そして、卒業式が始まりました。私は最後の児童に卒業証書を渡し終えました。「第4417号」です。声がふるえてしまいました。4418号の卒業証書は存在しません。
 心配していた式辞も、なんとか読み終え、続いて「教育委員会お祝いの言葉」です。
 
 登壇された中野教育長は「今、東京で表彰式があり、太郎生小学校が表彰されています」に始まり、私がたろうっこに書いたようなことを話し始めるのです。教育委員会の準備された「お祝いの言葉」を読むのではないのです。
 私はびっくりしました。隣の教頭をつついて、「太郎生の教育のことやな」とつぶやくと、教頭は(こんなことは普通はない)と言わんばかりの顔でうなづきました。
 教育長さんは最大限の言葉を使って太郎生小学校の教育をほめていただきました。そしてその6年生であり、卒業生である7人に心からのエールを送ってくださいました。私は感動しながら教育長さんの言葉を聞き漏らさないようにしました。
 中野教育長は原稿を見ないで、太郎生小学校のことを具体的に語り、卒業を祝っていただいたのです。

 卒業式終了後、卒業生や保護者と写真を撮ったり、話をするなど、体育館にしばらく残っていました。そして校長室に戻ると、教育長さんは私が戻るのを待っていてくださいました。そして、「素晴らしい卒業式でした。」とねぎらってくださいました。私は、「いただいたご挨拶は、太郎生小学校の教育や子どもたちのことを話していただき、ありがとうござました」とお礼を言わせていただくのが精一杯でした。

 ここにも卒業式の感動のドラマがありました。

こんな記事が(ほめすぎです)

 チエルwebマガジンにこんな記事が載っています。

 2009年12月に取材に長井さんというライターと三好さんというチエルの方が来てくれました。ほめすぎではありますが、ライターの目に見えた太郎生小学校の一面だと受け止め、ありがたく読みました。
 この記事が掲載された「チエルマガジン」は太郎生小の保護者には配布しました。すでに読んでいただいたことと思います。
 保護者の皆さん、もしもこのような記事が出る太郎生小学校を誇りに思っていただいたのなら、それは保護者がこんな学校に育てたということなのですよ。学校を信頼していただくことが、こんな取り組むもできるということなのです。それはもちろん毎日の授業に反映しています。
 閉校になる時にこのような記事がでることはさみしい気持ちもしますが、このフラッシュ型教材を使った授業はこれまで半年ほど行っています。毎日。パワーアップタイムの切り札的でした。子どもたちがたくさん学んできたのです。そのことに「安堵」してくださいね。

 数日前に、NHKが太郎生小に取材にきました。ある児童を追ってのものではありますが、その児童の学習風景の一コマとしてフラッシュ型教材を使った授業もカメラに収めていました。実際の放送映像に使われるかどうかは分かりませんが、ディレクターの女性は、「テンポがあり、とてもいい授業ですね」と言われていました。
 
 フラッシュ型教材を使った授業は、見ると確実にその素晴らしさが分かります。シンプルな良さもあります。こういった優れた教材や授業方法を太郎生小の全職員が学ぶことができたのは、玉川大学の堀田先生をお招きできたからです。東京から5時間近くもかけて来ていただいたのです。
 全国的に非常に著名な堀田先生に授業を見ていただくことは職員にとっては厳しい試練です。でも、誰1人反対する者はいませんでした。保護者に太郎生小が信頼されているからこそ、子どもたちのために授業の質を改善しようと思ったのでした。これもまた、「教師として当たり前のこと」をしただけともいえます。
 卒業式の式辞では「当たり前のことが出来る子どもたち」のことを言いました。それは職員にも言えるのです。

※写真の一番下は来賓の皆さん。7名の卒業式に、28名の来賓の皆さんがきていただきました。卒業を祝っていただきました。ありがとうございます。


 


ある職員から(卒業式を終えて)

 今日の卒業式、たいへん感動しました。
 卒業生の歌を聴いていたとき、「いよいよこの太郎生小学校とお別れするんだ。」という思いが湧き上がってきて、感無量になりました。
 また、校長先生の後ろの席にいたので、(自分の言う司会の言葉に集中しながらも)太郎生小学校最後の卒業式に臨まれる校長先生の気持ちが伝わってきて、胸がいっぱいになりました。
 今、思い起こせば、太郎生小学校は、まさに奇跡の学校でした。先日のPTA総会でも、少しお話させていただきましたが、まず、子どもたちが素直で、明るくて、私が指導することをどんどん吸収していく力は、本当にすばらしかったです。
 次に、保護者や地域の教育力もすばらしかったです。

 そして、校長先生の「日本一の学校にしたい。」という思いを教職員で共有し、最先端の教育の実現に向けてみんなでがんばったことです。太郎生小学校で、ICT教育を学んだことは自分自身にとっての大きな収穫です。
 これからも、教師としてのプロ意識をもち、子どもたちの可能性を最大限に引き出す教育を目指して全力を尽くしたいと思っています。

 ※写真の下は、卒業式の朝、会場で最後の打ち合わせをする担任の寺井先生と音楽担当の長谷先生


1日を大切にすること

 誰にとっても1日は24時間です。
 でも、その24時間という1日が今ほど、貴重で、大事で、取り返しの付かない24時間であることを実感したことはありません。
 明日が太郎生小学校の閉校式。そして、25日が修了式です。26日が引っ越し作業。閉校をかみしめることもできないまま、作業が続きます。

 でも、職員も、子どもたちも前向きです。閉校はさびしいけど、悲しいことではありません。新たなよりよい教育環境、よりよい教育条件にするための、「変化」なのです。さびしさは3月までにして、4月からはそれぞれの場でがんばります。そう思いたいです。

 21日。今日も1日、太郎生小学校のために仕事が出来る幸せを感じています。

※下の写真は19日、卒業式当日の朝。カメラ担当の柘植先生は早く出勤して、登校風景などを撮ってくれました。


式場の花

 すばらしい卒業式でした。卒業生はたった7人ですが一人ひとりの歌、呼びかけ、姿勢、立ち姿、歩き方、礼・・どれをとっても立派でした。「凛々しい」という言葉がぴったりでした。

 式場の左前方に大きな壺がおかれ、毎年すばらしい花が飾られます。今年も桜、梅など見事な花でした。生けて下さるのは地域の谷口さんというおじいさんです。ご自身で枝を切り、おうちで卒業式に合わせて花を咲かせて下さいます。
 卒業式前日、花を生けにきてくださいました。それは見事な花。「きれいですねえ。」と声をかけ、谷口さんの顔を見たとたん不覚にも涙がこぼれました。
 こうして、太郎生小学校を愛して、大切に思って下さっている地域の方にこの学校は支えられ、子どもたちも支えられ、そして何よりも自分が支えてもらっているという思いがこみあげてきました。
子どもには「先生、なんで桜見ただけで泣くん?」と不思議がられましたが、泣けてくるものはしかたがありません。退場されてもかまわない!また入場します!!
 
 そして今日は卒業式。窓から入る日差しの中にいっそう花は栄えていました。

※写真は三重テレビの取材をうけている谷口さん。
 下は、この記事を書いた「退場寸前」の職員


卒業式・3

 見事な姿勢。
 
 気持ちが姿勢に表れている。


卒業式・2

 礼がとても上手な卒業生です。姿勢もいい。


卒業式・1

 証書授与。全文を全員に対して読みました。


東京での表彰式

 太郎生小が最後の卒業式を行っているのとほぼ同じ時刻に、東京の霞ヶ関ビルで、「インターネット活用教育実践コンクール」の表彰式が行われていました。太郎生小学校の「ネットで安心を届けた2泊3日の答志島体験」が文部科学大臣賞を受賞したのです。すでにお知らせしたことです。
 太郎生小の職員に変わって、津市教育委員会の指導主事が参加しました。答志島体験は国の予算をいただいての事業であり、津市教委も計画書や予算などのことで深く関わっています。津教委の理解がなければとても実現できなかった事業でもあります。
 津教委の指導主事は、事務作業だけではなく、太郎生小の子どもたちが7月8日に太郎生を出発する朝、見送りに来てくれました。さらも翌9日は答志島に来て、子どもたちの体験の様子を見たり、一緒に指導をしてくれました。宿にも来てくれています。
 この1年の間に太郎生小に足を運んでくれた回数は5回以上にもなり、本人が「私は太郎生小の職員です」というぐらい、太郎生小学校の教育を理解していただいています。

 東京での表彰式と太郎生小の卒業式が同じ日ということが分かった時、私はこの指導主事に東京へ行ってもらいたいと思い、津教委の課長にお願いしました。
 表彰式の様子はまだ聞く時間がありませんが、一足早く、東京の事務局から写真が送られてきました。事務局からのメールでは、「中林先生になりかわり、力説!してくださいました」とのことです。それが下の写真ですね。うん、確かに原稿を見ないで熱演。ありがとうございます。

堀田先生のブログ

 3月19日、太郎生小学校最後の卒業式。
 堀田先生のブログにこんな記事が。

 パソコン画面を見ながら号泣……。

 太郎生小学校に赴任できて良かった。校長をさせていただき、よかった。太郎生小の同僚と巡り会えて良かった。
 何よりも、38人の子どもたちと出会えてよかった。その保護者と出会えて良かった。
 堀田先生と出会えて良かった。

 太郎生小学校での2年間、幸せでした。 

卒業式前日

 前日の6年生。

 満足感がみなぎっています。

 7人のみんな、卒業おめでとう。

 一番上の写真は、在校生の頭。横に並んでいます。もちろん、「きちんとしなさい」とか横も合わせて」などという指導は不要です。そういった言葉はこの2年間の勤務中、聞いた記憶がありません。


NHKの取材・1

 NHKが18日、取材に来校されました。全校合唱や3年生の授業風景などを撮っていました。
 閉校に関した取材ではないようです。NHK教育テレビの「カラフル」という番組とのこと。放映は5月か、6月になる予定です。

 取材を、「取材」しました。


閉校までの仕事日記(3月17日)

 午前中は「卒業式の通し練習」をした。卒業生に卒業証書を渡す練習も行った。
 卒業生の全体を通したよびかけを初めて聞いた。しっかりとしていた。特に卒業証書を受け取る前の決意表明が素晴らしい。感動的だ。

 続いて「閉校式」の合唱練習。子どもたちの歌は30分近い。卒業式と閉校式の歌は異なっている。それを子どもたちは見事に、やり遂げている。子どもたちも、今は特別なことだと分かっているようだ。だから、不満も言わないで、一生懸命に練習に取り組んでいる。頭が下がる思い。
 
 給食は図書室で、「なかよし給食」を全校児童がいただいた。赤飯だった。おいしかった。料理員さん、用務員さん、ありがとう。
 少し早めに戻り、閉校式に使う写真の整理。CDRに入れて、それを持って久居へ。閉校式の打ち合わせを、うたおにのお二人、長谷先生、中林の4人で行う。1時間あまり。全体が見えてくる。長谷先生とは太郎生小のことや4月からのことなどを話し合う。

 その間、職員は美杉中へトラックで行き、椅子やスリッパを借りてきた。
 閉校式当日の天気は雨模様。その対応が必要。教頭は駐車場の関係で走り回っている。

 午後6時前に学校に戻る。PTA会長が来校。19日、東京で行われる表彰式でのことで、東京事務局と電話で打ち合わせ。それを市教委に伝え、原稿案を作る。
 夜、自宅で卒業式での式辞原稿を考える。

 明日はいよいよ閉校記念誌の納品日。記念碑も設置されるはず。

 ※写真は入学当初の1年生(2009年4月10日)

なかよし給食・2

 1年生の子の口の周りには生クリームが。


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データ

津市立太郎生小学校
〒515-3536
三重県津市美杉町太郎生2128-1
TEL:059-273-0324
FAX:059-273-0746