最新更新日:2024/06/01
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愛知教育大学時代編 63笑瀾万丈劇   ☆ドライブしているヒロシ

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愛知教育大学時代編

63笑瀾万丈劇  ツウキンのドライブ

☆ドライブしているヒロシ
 目の前にぱっと見えてきたのは、朝日に映える雪景色の富士山。火曜日の朝、時刻は午前6時30分。ヒロシは東名高速道路を走っていた。さすが冬の富士山である。圧巻である。つい二ヶ月前には想像もつかない行動であり光景である。東京板橋区から愛知教育大学に向かう通勤途中である。車はダイハツの珍しい1600ccのアプローズである。色はグレーメタリック。日産シーマと同じ色だと言えば、年配の人はおぼろげながら思いだすだろうか。非常にシックな色。というか、地味そのもの。現在のヒロシの車(V40)とは対極の位置にある車である。アプローズの前が軽自動車だったため、550ccから1600ccへの変化はとても革命的であった。とても安心感のある車であった。
 なぜ、ヒロシは遠距離通勤をしたのであったか。愛知教育大学に赴任したのが1992年10月である。そこから6ヶ月間、単身赴任した。娘が小学校六年生のため、卒業まで一家そろって転居できないためであった。月曜日または火曜日に愛知に行き、金曜日の夜中に東京に帰るサイクルであった。東名を使うのが3に対して、新幹線が1の割合であった。
4時に起床し、5時に東京板橋区にある文部省の官舎を出発。板橋インターから首都高速を駆け抜けた。さすが、この時間はスイスイと走る。東名の入り口、用賀インターを40分ほどで通過できる。
 ヒロシは片道4時間弱の行程を眠らずに走り続けた。途中、一ヶ所ないし二ヶ所で休憩をとる。眠ってはいけないのでミュージックテープを聴きづけている。ユーミン、高橋真梨子、門あさ美などニューミュージック系のテープが多かった。なぜか、東名なのに、中央フリーウェイーである。ユーミンの曲はドライブをかなり意識して構成されており、ウキウキ走ることができる。
 ところが、静岡県の牧ノ原台地を過ぎた頃、どうしても我慢できなくなってくる。眠いし、音楽も飽きてくる。眠いときは、片手で顔をはたきたおし(倒れたらいけないのでもう片手で支え)、足をつまみ、痛いと言うのはいやだから優しくつまみ、起こすのであった。ヒロシは、ガムをかみつつ、曲に合わせて大声を発したりして睡魔と戦っていた。
 それでも我慢できないときは、サービスエリアに突入するのであった。何を我慢できないのか、音入れである。明け方なのでお腹がゴロゴロ言うのである。このお腹の中の雷と格闘しながら運転することほど、切羽詰まったものはなかった。冷や汗はでるは、眼が汗ばむは、足は震えるなど雷さんの過酷なしうちに耐えるヒロシがいた。しっかりと音を入れた後は、スキッと一発。さっきまでの地獄が嘘のように、さわやかな気分で車に乗り込むヒロシであった。
 浜名湖を過ぎるともうすぐ愛知県である。豊田インターまで一時間である。この豊田インターが曲者で、インターチェンジでぐるぐる回っていくうちに、ヒロシのGPSは壊れ、どちら方面に行くべきかが分からなくなってしまった。道路標識を見失うと、大学まで20分のはずが40分かかることもあった。
 刈谷の北部に位置する(別名刈谷市のチベットと言われていたそうだ)愛知教育大学に到着が8時30分である。
 9時10分の大学の1時間目の授業をするさわやかにヒロシがいた。


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