最新更新日:2024/09/18 | |
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小さな成功体験成功への第一歩は、小さな成功体験を得ることである。 どんなに小さな体験でも成功すれば自信がつく。 だから、小さな成功体験はとても大事である。 ところが、この小さな成功体験は甘い汁なので、この成功体験にしがみつくようになる。 すると、周りの状況が変化しているのにもかかわらず、小さな成功体験の前例にならってやろうとするから、転ぶことになる。 成功体験が逆にあだとなる。 ではどうすればよいか。 新しい事態に直面すれば、小さな成功体験を捨てることである。 そこで、新しいことに挑戦するのである。 そこで、大きな成功体験をすることである。 小から大への転換が不可欠である。 この大きな成功体験は実は、本当は、前よりもジャンプしやすいのである。 見かけが大きいだけである。 だから、次なるステップを歩むことを提案したい。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 人はなぜ人はなぜ、出会いを求めるのか。 それは、新しい自分を見つけることができるから。 そして、気のあった人とつきあうのか。 それは、その人の波動にひたりたいから。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 「はい」か「YES」の裏側返事は「はい」か「YES」であることを以前述べた。 これより上手(うわて)な人がいた。 断らない理由として、その人は「断るのが面倒」だからと言っていた。 すごいなあと思う。 できる人はちがう! [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 「心」と「知」の変容最近は、「知」の前に「心」があると考えている。 算数的活動は「知」を引き出すためにあるが実は、「心」の変容も引き出すのである。 だから、先に「心」を問うべきである。すると、子どもは思いを語る。 その思いが次への「知」的探究心をもたらす。 静岡県伊豆市立熊坂小学校を訪問した。 8本の授業診断のあと、講演会があり、「情意と認知の統合」を目指したいと述べた。 実は、示範授業にからめて話した。この示範授業については後日報告する。 講演会後、近藤優子先生がわざわざ授業診断室までこられて、この例が本日の授業でありましたという。 それは、2倍の拡大図を作図する場面であった。 拡大図をかくのに、ある中心となる点を四角形の外に出す高度な作図場面であった。 下の写真は、A君の変容結果の写真である。 この場面を200字にまとめてもらった。 紹介する。 「ジャンプアップの作図問題で、A君ならできると信じて負荷をかけた。 1回目、かけなかった。2回目、かけなかった。 その時、「くやしい、もう一度チャレンジしたい」と情意を示した。 再挑戦、どこまでわかっているのかを確認し、もう一つだけヒントを与えた。 かけた! 図と正答の赤い線がぴたりと重なった。 A君が大きなガッツポーズをした。 情意と認知がつながった瞬間に立ち会えた私も心の中で、ガッツポーズをした。」 このように、「くやしい」という心が知への探究を導きだしたのである。 近藤先生の素晴らしさは、個別指導に入ったとき、その子その子に応じた助言をしながら○付け法を実施している。 だから、1人1人の付加が異なる。 即時判断と即時対応能力がとびっきりよい。 子どもの実態を捕まえているから子どもとのやりとりも抜群である。 愛で育てるとは子どもに外化を促す授業だと志水は定義している。 その外化もそれぞれに応じてほしい。そこには、真剣に子どもの学びをとらえ対応する教師の姿がある。 これなら、生きる力はつくと心底思った。 もう少し詳しい報告は、授業力アップわくわくクラブのメールブックで紹介したい。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 教えることと学ぶこと教師は、教えることが得意。 では、学ぶことはどうかと言うと、それは人によって異なる。 授業が上達するためには、うまい授業から学ぶことが大切である。 これができる人とできない人がいる。 現職教育で研究授業がある。 うまい人が授業している。 教師の動きと子どもの動きをじっくり観察して見逃さないようにしっかりメモをとっている人がいる。 一方、批判的に見ている人がいる。あの人だからできるんだ。あの子ども達だからできるんだとか言って、批判的に見ている人がいる。 これはまだいい方で、ぼうっと見ている人がいる。まさにぼうー観者である。 この人たちを見ると、学ぶ力がないんだなあと思ってしまう。 授業というドラマを面白く見る見方、また自分にとってためになる見方を知らないんだなあと思ってしまう。 (私が研究会の講師ならば、後者の人たちにも気付きの場をどうやってあげたいなあと考えてしまう。) つまり、授業から学ぶことはなかなか難しい。 授業者はどんなシナリオでどんな結末を迎えるのか。この後、どんな仕掛けがあるのか。 知の発見と心の発見の葛藤の中で、このドラマを読み解いていく。 この面白さが分かっていない。 本当は面白いんだよ。 韓国ドラマよりも面白い。 授業から「学ぶ」こと、これが「教える」ことの技量を磨く早道である。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 一つの記事が15日に、静岡県伊豆市の熊坂小学校に訪問指導した。 5年ほど前から伊豆市の小学校にはご縁があった。それが、今年は、伊豆市全体の学校教育のコンサルティングをしている。 今年は研究主任クラスに指導している。 熊坂小学校は昨年から数えて3度目の訪問である。 今回は、かなり進歩が見られた。 この報告は明日書く。 もともと伊豆には八岳(やつおか)小学校とご縁があった。 初めの校長先生は小長谷悟先生である。 小長谷先生は、ある雑誌で志水が授業診断していることを知って依頼してこられた。 たった一つの記事である。それは、全国PTAの雑誌か文部時報だったと思う。 そこには、和歌山県のある小学校での志水の指導が書かれてあった。 たった一つの記事で、これまでご縁が続いている。 まさか、伊豆市のコンサルティングまでするとは思わなかった。 小長谷先生の情報収集力とともに、義理の固さが今日続いている理由である。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 自分の立場と相手の立場研究授業のときの同僚の教員へのアドバイス。 まずは、事前に相談にのり、成功させること。 相談にものらないで、結果論ばかり言っても、あとの祭り。 その際に、自分ならこうするという意見をいうのは、普通レベル。 意見のない人は、普通以下。 では、普通より高い人は、どうするか。 授業者の特性を考えて、こうすればよいのではないかと意見を言うレベル。 若手教員ならば不安でしょうがない。この不安を解消させる一手を考えてあげる。 ベテラン教員ならば、教材の面白さや少し高いテクニックを織り交ぜたアイデアをあげる。 自分ならこうするというのはなぜ、普通レベルかというと、それは自分のことであって相手の立場を考えていないからである。 授業診断では必ずその人が成功するためのアドバイスを考えて話している。 学校診断も同様である。その学校の特性をふまえて、考えて提案している。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] ps 上の写真は福岡県今任小学校の先生、とてもわかりやすい授業であった。下の写真は、授業後の授業診断の様子。 マクロとミクロマクロの変化とミクロの変化。 ミクロの変化はあっても、大きなマクロの変化が正しい方向ならば、良しとしよう。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 成功に学ぶ成功に学ぶことは多い。 失敗に学ぶことは少ない。 この原則はとても大事である。 たとえば、ジァイアンツが優勝した。だから、なぜ、優勝したかを学ぶべきである。 最下位のチームにどこのチームが学ぶものか。 優勝したら優勝したわけがあるはずである。 運が良かったからというかもしれないが、本当はわけがあるはずである。 このわけを尋ねることである。 全国学力テストでいえば、秋田県や福井県に学ぼうとする。 これが常識である。 研究授業でいえば、まずは成功したならば成功に学ぶべきである。 「とてもすばらしい授業でした」と感想だけに終わっていたら、学ぶことはできない。 学んで、真似てみるのである。 同じ教材で同じ展開で流してみるとよい。すると、いかに真似ができないかが分かる。 話を戻す。 実は、失敗から学ぶことはある。失敗の原因の究明は必要である。 けれども、その原因の対策となると、この答えはなかなか見つからない。 だったら、成功に学んだ方が成功に近づくこつである。 万物は常に生成発展全ての物には、命がある。 種をまき、芽がでて、茎が伸び、やがて花が咲く。そして、種ができて終わる。 しかし、種は、次の命の始まりでもある。 志水メソッドの精神は、輪廻転生を繰り返しながら生成発展していく。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 人の振り見て3 泉ヶ丘中学校 社会科の授業小選挙区と比例代表の選挙の仕組みを扱われていた。 冒頭のICTの利用から始まって、プリントによる選挙公報、そして、具体的な選挙の仕組み、これらがきちんとうまく説明されていた。 しかも単なる説明だけではなくて、問いを仕掛けながらの説明である。 そして、途中、実際の選挙まで行った。 最後に、小選挙区では落選なのに、比例代表では復活当選するという事例まで盛り込んでいた。 質問してみたら、この題材は今日が初めてであるという。 校長先生は、三浦先生は教材研究の仕込みは普段の授業でも同じく徹底したものがあるという。 さすが教科の専門性が見られた授業であった。 さて、人の振りを見るためには、三浦先生の教材研究時のこだわりの部分と授業展開のこだわりの部分を見つけることである。そうすると、真似る視点が見えてくる。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 人の振り見て2人の良いところを見て学びたい。 たぶん、その前に人の所作を真似るとき、初手でつまずいている。 それは何かというと、素直さである。素直に謙虚に学ぶことがなかなかできないからである。 だから、人の授業を見てもメモをとらない。 子どもがノートにとらなくても気にならない教師かも。 平気で研究授業があるのに5−10分も遅れてその教室に来る。 これって、遅刻だよ。 また、廊下で遠目に見ている。視力は5.0かな。 教室の子どもの小さな声が聞こえる。聴力は、犬よりすごいのかな。 さらに、廊下にいて壁で教室の様子が全く見えない人もいる。これで授業が分かるというのは、まさに、透視ができる超能力者。 これらの原因は、「学ぶ姿勢」にあり、教師頭で見ているからである。つまり、「私は教える人。だから、この人の授業からメモを取る必要はない。」と、考えていないだろうか。 本当に学びたい人はかぶりつきで見るものだ。メモもとるものだ。 以前、千葉県であった全国大会で特別公開授業をした。そのとき、愛知県一宮市からかけつけた校長先生3人は、教卓と窓側の空いているスペースに座り込んで見ていた。下から私を眺める。 まさに、かぶりつきである。 先日、仙台市教育センターで講演をした。2年ぶりである。 今年、最前列で座っていた男性の教師がいた。 その教師は、なんと、上の本をもっていた。 「志水メソッドと共に歩む学力向上作戦」である。 これは9月に発売したばかりで、しかも愛知教育大学の生協でしか扱っていない本である。私のHPでしか紹介していない。にもかかわらず、持っていた。 これには本当に驚いた。 土曜講座だけでも熱心なのに、さらに熱心と言える。 最前列ならば、波動を強く感じることができる。 力をつけたいのであれば、素直に、謙虚に学ぶ姿勢をもち、実際に一言ももらさない、またはじっと熱い視線で見つめるくらいの態度で学び取るようにしたいものだ。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 人の振り見て1「人の振り見て我が振り直せ」と言う。 これは、人の悪い所作を見て、私も同じ所作が無いかと反省して直すことを言う。 でも、これは、悪いところを良い所に置き換えてもよい。 ある人の良い所作を見て、私の所作に取り入れることも意味している。 授業のうまい人を見て、その人の振りを真似て取り入れてみるとよい。 これはとても難しい事である。 授業力は、教材把握力、子ども把握力、指導技術力、そして精神エネルギーがかけ合わさったものであるから、いきなりその人の授業力のレベルにまでもっていくことは難しい。 自分にとって、どこを改善すれば、あのように上手になるのかという一致点を見いだすことが難しいからである。教科の壁、学年の壁、学校種の壁などを乗り越えて、我ごととして落とし込むことができるかどうかである。この変換能力が求められる。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] 盛り上がり一時間の授業で、1回は盛り上がる場面をつくりたい。 納得の場面、意外性の場面などを仕組みたい。 教師の価値付けで盛り上がる。 子ども同志の共感・共鳴で盛り上がる。 これに役立つのが、意味付け復唱法である。 [学力アップを支援する志水廣の公式ホームページ] |
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