最新更新日:2017/03/25
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資源(古紙・アルミ缶・牛乳パック)回収,随時おこなっています 体育館前が資源回収場です

修了式式辞

 今日は,平成28年度修了式を行いました。式辞の中で,修了証の意味や心を育てることの大切さなどについて述べました。

 今日は修了式。学校での今年度最後の日です。先ほど全員に修了証書を渡しましたが,修了証書の意味は分かりますね。卒業した3年生の修了式で述べた通り,それぞれの学年で,学ぶべきことを全て終えたという証明であり,次の学年に進むことを認められたという意味もあります。ですから,4月からは全員が新しい学年に進みます。ただ,学ぶべきことを全て終えたことと,学ぶべきことが全て身についたこととは違います。この後受け取る通知表を見たり,授業や行事などの様子を思い出したりしながら,この1年を振り返ってみてください。そして,不十分だったことを補って欲しいと思います。
 さて,今年の1学期始業式では,皆さんに様々な内容の話をしましたが,憶えていますか? その中の一つ,心について,改めて話したいと思います。
 人にとって最も大切なものは生命です。そして,心も生命と同じくらい大切です。人の言動は,全てその人の心の持ちようが元になっているからです。ですから,皆さんには心を育てて欲しいと強く願っています。多少の辛いことにもくじけない,また,善悪の判断を正しく行い,悪いことは決して行わない強い心。美しいものを美しいと感じたり,自然の雄大さや不思議さに感動したりする,感性豊かな心。人を思いやり,その人の気持ちになって考えられる,優しい心。このような心を,この1年で育てることができたでしょうか。授業や行事などを振り返ると共に,自分の心についても振り返って欲しいと思います。
 さあ,4月からは新しい仲間が入ってきます。皆さんが先輩の姿を見て育ったように,新1年生も,あなた達を見て育ちます。これからも品中生全員で,誇れる学校にしていきましょう。
 最後に,4月の始業式には,みんなが希望を持ち,元気でこの場に集まれることを願い,式辞といたします。

伝統を受け継ぐ,という伝統

 今日は,3年生が卒業して初めての集会を行いました。3年生から受け継いだ品野中の伝統を,今度は1・2年生が伝えていこう,と呼びかけました。

 先週の金曜日に卒業式を行いました。厳粛な中にも心温まる素敵な式でした。ご来賓の皆様も「いい卒業式でしたね」とほめてくださいました。卒業生はもちろんですが,1・2年生の皆さんの,式典にふさわしい立派な態度が,また,一生懸命で美しい歌声が式を盛り上げました。皆さんは,卒業式に向けて,会場や受付などの準備や掃除を一生懸命取り組んでくれました。卒業式が立派にできたのは,こうした皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。
 私は毎日校門付近に立って,登校してくる皆さんとあいさつを交わしています。既に気づいている人がいるかも知れませんが,私から皆さんにあいさつをすることは,全くと言っていいほどありません。それは,皆さんからあいさつをしてくれるからです。しかし,新1年生は,4月に入学してきた頃,全員が自分からあいさつをしていたというわけではありません。黙って通り過ぎる人も多くいました。こんなときも私からあいさつをすることなく,また「あいさつしましょう」と言うこともありません。でも,4月も半ばを過ぎ,5月辺りになると,新1年生もほぼ全員が自分からあいさつをしてくれるようになります。これは,新1年生が,一緒に登校してくる上級生の,自分からあいさつをする姿を見てまねをするからです。このことは毎年繰り返されます。ですから,今の2年生も新1年生のときは同じ状況でしたが,今ではすっかり自分からあいさつをしてくれます。人に言われたから行うのではなく,いいと思ったことは自分から進んで行う。これが大切です。品野中では,あいさつに限らず,上級生のよい姿から下級生がそれを受け継ぐということが自然に行われています。私はこのことを「品野中の文化である」と卒業式の式辞で述べました。また,卒業生は「伝統を受け継ぐ,という伝統」と語りました。いずれにしても,上級生のよい姿から下級生がそれを受け継ぐという姿勢がある限り,品野中は素晴らしい学校であり続けると思っています。
 今日から2年生が最上級生です。1年生は4月に新1年生を迎え,先輩となります。卒業した3年生から受け継いだよい伝統を,皆さんが姿で示し,伝えていって欲しいと思います。さらに,伝えるべき伝統の質を高めるとともに,品野中の新たな伝統も築いていってくれれば,と思っています。皆さんならきっとできる。そんな期待を持っています。

卒業式式辞

 先週の金曜日,お忙しい中を多くの来賓の方々,保護者の皆様にお越しいただき,卒業式を行うことができました。厳粛な中にも心温まる,思い出に残る素敵な卒業式でした。
 少し遅くなりましたが,ここで述べた式辞を載せたいと思います。

 卒業生の皆さん。皆さんについて語るとき,強く思い浮かぶのが,昨年度2年生のときに行ったリボンプロジェクトです。これは,品野の地域で実施した職場体験で,改めて気づいたり知ったりした品野のよさを,地域内外の人たちに伝えようという,これまでにはなかった取り組みです。道の駅瀬戸しなのを拠点に,お世話になった事業所や店を,ウォークラリーという形で参加者に回ってもらうもので,クイズを出したり事業所や店の紹介ポスターを掲示したり,また,品物の販売や体験コーナーでの手伝いもしました。実施に当たっては,地域の方々にご支援をいただきながら,具体的な内容を自分たちで考え,チラシやスタンプなども自分たちで作り,準備を進めました。このときの皆さんの豊かな発想と力強さには,目を見張るものがあり,さすが品中生だと,誇らしく思いました。
 さて,先日,全校生徒による道徳の授業を体育館で行いました。テーマは「10年後に残したい品野中の伝統」について。各学年が2名ずつ集まり,6名ほどの班をつくり,残したい伝統について一つに絞りましたが,あいさつや掃除,応援合戦,合唱など,残したい伝統がたくさんあり,一つに絞ることはなかなか難しかったようです。しかし,皆さんのリーダーシップのもと,この話し合いを通して,みんなで品野中の伝統について,改めて考えることができました。
 卒業生の皆さんは,先輩から受け継いだ伝統を,普段の学校生活の中で,あるいは行事に取り組む中で,自らの姿を示すことによって,1・2年生に伝えてくれました。この姿勢こそが品野中の文化であり,この文化があるからこそ,伝統を脈々と受け継ぐことができるのです。
 卒業生の皆さん,皆さんは時間というものについて考えたことはありますか? 今も刻々と流れているこの時間についてです。
 皆さんはこの世に生を受け,15年という長い時間の中で,ご家族からの愛情に支えられながら,多くのことを経験し,様々なことを感じ,学んできました。そして,立派に成長した皆さん一人一人がここにいます。
 時間には形がありません。見ることもできません。しかし,15年という時間は,とても大切でかけがえのないものであったと感じることができます。それは,この15年という時間があったからこそ,今の皆さんがここにいるからです。
 さあ,今から新しい時間が始まります。この長い時間を,皆さんはどのように使っていくのでしょうか。これまでに使った時間を変えることはできません。しかし,これからはどのように使うこともできます。1日24時間は,誰にも平等に与えられていますが,使い方は皆さん一人一人次第です。時間をどのように使うのか,とは,言い換えれば,自分の命をどのように使うのか,ということです。よりよい自分をイメージし,それに近づくべく努力すること。これが日々充実した人生につながります。
 皆さんの健闘を祈ります。

自分自身は知っている

 今日の集会では,誰も見ていない状況で,良心に基づいて行動することの大切さについて話をしました。

 今月の初めに節分と立春を迎え,暦の上ではもうすでに春となりました。まだまだ寒い日が続きますが,日差しの中には何となく柔らかいものを感じます。少しずつではありますが,確実に春が近づいているようです。
 さて,少し前のことですが,ジュースなどの自動販売機を管理している人から,品野中生が,自販機に残っていたお釣りを届けてくれたという,嬉しい話を聞きました。ちょっと想像してみてください。下校中,ふと自販機を見るとお釣りが残っています。周りには誰もいません。こんなとき,あなたならどうしますか? 自販機に書かれてある連絡先をわざわざ調べ,残っていたお釣りを届けるのはなかなかできることではありません。連絡をくださった方は,こんな行動に対して大いに感激されたのだと思います。
 山に登ると小屋の近くにトイレが設置されていることがありますが,よく見ると100円を入れる箱が置いてあります。これは,トイレを清潔に管理するための協力金として利用者から集めるための箱です。利用者が100円を入れるかどうかを見張っている人はいません。しかし,私の知る限り,利用する誰もがお金を入れていました。
 これら二つの状況に共通していることは,お金をどうするかの判断はその人に任されていることと,その場面を見ている人はいない,ということです。自販機に残ったお釣りを持って行ってしまっても誰も見ていません。トイレの協力金を入れなくても誰も見ていません。しかし,誰も見ていなくても,この広い世界でたった一人だけ知っている人がいます。そう,自分自身です。自分だけは知っているのです。
 品野中の生徒玄関や学年のフロアに置いてある文庫本を借りる仕組みも,お金こそかかりませんが,同じようなことが言えます。この仕組みがこれまで続けられてきたのは,生徒の皆さんがルールとマナーをきちんと守り,本の紛失といったことがなかったからです。私はこのことを品野中の誇りだと思っています。しかし,最近ノートに記載されることなく本を借りてしまうことがよく見られます。おそらく,ついうっかりだとは思いますが,本が紛失しています。これは本当に残念なことです。
 注意されるから,しかられるから行うのではなく,自分の良心に基づいて正しく判断して行動する。これは難しいことかも知れませんが,互いに気持ちよく生活する上で,とても大切なことです。よくよく考えてみると,自分の判断に基づいて行動する場面はいくらでもあります。そんな場面に出合ったときには,どのように行動すべきなのかを,ちょっと立ち止まって考えてみてください。みんながそのように心がけることによって,よりよい学校,よりよい社会が作られていくはずです。

3学期始業式 式辞

 今日は3学期の始業式を行いましたので,そこで述べた式辞を載せたいと思います。

 今日は3学期の始業式。いよいよ今年度最後の学期が始まりました。大きな災いもなく元気に今日を迎えられたことをまずは喜びたいと思います。
 生徒の皆さんは,今年はどのようなことを成し遂げたいか,具体的な目標は決めたでしょうか。目標が決まったらあとは努力あるのみです。
 年が明け,私はのんびりとした正月を過ごしました。いくつかテレビ番組を観ましたが,その中で,パタゴニアを舞台とするウルトラトレイルレースのドキュメント番組が印象に残っています。パタゴニアは,南米のチリとアルゼンチンにまたがる地域のことで,南極に近く,多くの山や湖,氷河などがあり,手つかずの自然に囲まれています。このような場所で141kmの距離を走り抜ける,世界で最も過酷なレースと言われているのがこのウルトラトレイルレースです。コースの前半はパタゴニアの大草原。その先は30kmにも及ぶ原生林で,木が密集し見通しの悪い凸凹の悪路が続きます。原生林を抜けると次の難関,標高850mの険しい岩山。パタゴニア特有の強風が吹き付ける危険な岩場が7kmも続きます。この山を越えてようやく97km。その先には,砂利道を走るフルマラソン以上の距離が残っています。このような厳しいコースを46時間以内で走り切らなければならないため,昨年の完走率は30%。コースの途中で動けなくなり,大会スタッフに救助される選手も多数います。世界一過酷と言われるのもうなずけます。コースの後半,「神の領域」と呼ばれるこのレース最大の壁があります。肉体を酷使し続けると,体が完全に壊れるのを防ぐために脳は疲労や痛みという形で,もう限界だという信号を出します。神の領域とは,この信号と戦って走り続ける状態のことです。疲労はピークに達し,意識はもうろうとしてきます。それでも前へ進む。レースの終盤は脳が出す限界のさらに向こう側へと進む戦いです。
 このレースで第2位に入った日本人の鏑木(かぶらぎ)選手の言葉を挙げてみます。「苦しみ自体を滅多にない楽しい経験だと無理やり思い込ませる。心さえだます力というんですかね,自分の心を」「20何時間も山を走る世界は,まだまだ人間の知られていない能力が隠されていると思う」「限界を超えて,人間の領域を超える世界に入るので不安が大きい。超えなければ成し遂げられない世界なので,やらなければいけない」。また,59歳という大会最高齢者で見事に完走を果たしたオスカル選手の言葉は,「走ることは人生そのもの。逃げるわけにはいかない。幸せだよ」「こんなじいさんでも勝利をつかめた。すごく嬉しいよ。このメダルはただの鉄だ。でも私にはとてつもない価値がある」「どうしてゴールを目指すのかって? 自分にはまだやれる力が残っていて,やり遂げたいと思うからだ。強い精神力があれば,どんな困難にでも絶対に打ち勝てるはずだ」
 ところで,このレースの序盤は,優勝候補の選手に引っ張られてかなり速いペースで進んでいきました。そして優勝候補の選手を含め,多くの選手が脱落していきました。そんな中で勝利を勝ち取ったトーマス選手や2位の鏑木選手は,あくまでも自分のペースを守り抜きました。
 生徒の皆さんは,ここで挙げたいくつかの言葉や,自分のペースを守って勝利した選手がいた事実からどのようなことを感じるでしょうか。やはり自分のペースを守ることの大切さや,今後,自分の限界だと思ったときに,もうちょっとだけ頑張ってみようかな,といったこと。そして,パタゴニアを走る自分を想像し,周りの大自然を楽しむ心のゆとりも欲しい。こんなことを私は思いました。
 この1年をどのような時間にするのかは自分自身です。年末にこの1年を振り返ったときに,達成感の残る,充実した1年だったと思えるようにして欲しいと願っています。皆さんの健闘を祈ります。

2学期終業式 式辞

 今日は2学期の終業式を行いましたので,そこで述べた式辞を載せたいと思います。

 今日は2学期の終業式。平成28年も残り1週間あまりとなりました。生徒の皆さんにとって,今年1年はどのような年だったのでしょう。
 毎年この時期になると,日本漢字能力検定協会が全国から今年の世相(社会の様子)を表す漢字一字を募集し,その結果を発表します。今年は「金」が第一位に選ばれました。
 リオオリンピックにおける日本人選手の「金」メダルラッシュ。前東京都知事の政治資金問題などの政治と「金」(カネ)に絡む問題。さらに,イチロー選手のメジャー通算3000 本安打達成などスポーツ界の「金」字塔。こういった理由で選ばれたようです。
 さて,皆さんの1年を漢字一字で表すと,どんな文字が当てはまるでしょうか。こんな観点で振り返ってみるのも楽しいと思います。
 今触れたように,今年はリオオリンピックが開かれました。ここでの最年長金メダリストは誰だか知っているでしょうか。日本ではほとんど放送されませんでしたが,セーリング競技のサンティアーゴ・ランヘ選手です。アルゼンチンの選手で年齢はなんと54歳。彼はこれまでに5度のオリンピックに出場し,銅メダルを2個取っていますが金メダリストに輝いたことはありませんでした。おそらく毎回オリンピックに出場するたびに,今回こそは金メダルをと胸に秘めて参加してきたのだと思います。ですから,今回の金メダルは本人にとって,ついに念願の叶ったとても価値あるメダルだったのではないでしょうか。実はランへ選手ですが,驚くことに昨年肺ガンで左の肺を手術で摘出しているのです。スポーツ選手にとって,片方とはいえ,肺を摘出することは心肺機能を大きく損なうことになり,選手生命を絶たれてしまうほどの大きな出来事であったはずです。しかし,彼はその苦難を乗り越え,見事に金メダリストとなったのです。ガンを告知され,手術をし,練習を再開して復調し,オリンピックに出場して金メダリストになるまでの道のり。その苦労は想像を絶するものだったはずです。そんなランヘ選手がこんな言葉を残しています。
 「情熱があるかぎり前進し続ける。昨日より今日をもっと良くしようという気持ちが重要だ」
 やはり,苦難を乗り越え,偉業を成し遂げるには情熱と強い気持ちが必要だと,改めて感じさせてくれます。
 生徒の皆さん,来年はどのような年にしたいですか? どんなことをやってみたいですか? 何を成し遂げたいですか? 年の初めにできるだけ具体的な目標を立てましょう。そして,それを実現すべく努力しましょう。うまくいかないとき,あきらめてしまいそうになったとき,そんなときにはランへ選手の言葉を思い出し,勇気と力を奮い立たせましょう。
 生徒の皆さんが充実した冬休みを送れるよう,そして,1月6日には全員が元気で3学期をスタートできるよう,心から願っています。
 では,よいお年をお迎えください。

なぜ学び合いか

 今日の集会では,現在本校で授業に取り入れている「学び合い」の目的について話をしました。

 今,品野中では授業に学び合いを取り入れていますが,その理由は何でしょうか。生徒の皆さんにとって,どのようなよいことがあるのでしょうか。先日そのことを考える機会がありましたので,改めて考えてみました。
 まず,確認しておきたいことは,中学校は生徒の皆さんが将来大人になったときに困らないような,また,よりよい人生を送ることができるような力や習慣を身につける場所であること。そして,同世代の人(生徒)が集まって学ぶ場所であるということです。
 本校では,学び合いを,生徒同士が互いに関わり合いながら学習をすること,と定義づけています。具体的には,教科の授業で,一つの課題に対して,生徒同士が解決方法や考えなどについて質問し合ったり伝え合ったりします。また,道徳の授業では,互いの価値観を基に,自分の考えを伝え合い,自分の考えを広げ,深めていきます。
 このような活動を通して,様々な資料や事物・現象の見方や捉え方を身につけ,そして,課題の解決方法を身につけると共に自分の考えを広げ,深めていきます。さらに,自分の考えや知識を人に伝えることによって,より分かりやすい表現の仕方を身につけていき,伝えることによって,自分の考えや知識をより確かなものにしていきます。
 生徒の皆さんは,将来大人になったとき,様々な問題に出合い,それらを解決していかなくてはなりませんが,自分一人の力で解決できない場合も多々あるでしょう。そんなときは周りの友達や仲間に相談すればよいのです。学び合いは,皆さんが大人になったときに出合うであろう場面の疑似体験です。
 また,人に意見や解決方法を聞かれたときに,自分だけ分かっていればよい,人はどうでもよい,と考えるような大人にはなって欲しくないと思っています。人とのコミュニケーションを円滑に進めるための力や態度を身につけるためにも,学び合いはとても有効な手段です。
 授業では,基本的に先生は一人です。30名前後いる生徒一人一人の質問に答えることは,現実的には不可能です。ですから,生徒同士で質問し合い教え合うことによって,第2,第3,あるいはもっと多数の先生(生徒)が個別に教えることになります。そして,先にも書いたように,教える(伝える)ことによって自分の考えや知識がより確かになります。こんな点も,学び合いのよい点です。
 学校は同世代の人が集まって学ぶ場所です。だからこそ学校でしかできないこと,友達や仲間と関わり合いながら学ぶこと,すなわち学び合いを取り入れているのです。   
 逆に言えば,練習問題や漢字・英単語の書き取りのように一人でもできる内容については,家庭学習でじっくり取り組んで欲しいものです。
 何事も目的がはっきりすると,その取り組みに意義を見出し,より意欲的になります。学び合いの目的を意識し,さらに充実した学び合いをしながら授業に取り組んでください。

テスト

 今日の集会では,テストを受ける意味や私の高校時代の勉強法について話をしました。

 昨日の雨で品野中の紅葉も随分散ってしまい,スロープにはたくさんの紅葉が落ちていました。今朝,そんな中を出勤していくと,落ち葉を集めている女子卓球部員の姿が目にとまりました。聞くところによると,誰かに頼まれたり指示されたりしたのではなく,自分たちで進んで始めたとのこと。そんなふうに動けることや動こうとした心が素敵だと感じました。女子卓球部の皆さん,ありがとうございました。
 さて,先週の金曜日,2学期末テストが終了しました。テスト前の土日と終了後の土日とでは,随分心持ちが違っていたのではないでしょうか。ホッと一息ですね。今日から順次答案が返ってきますが,その結果を今後の成長に活かさない手はありません。テストというものは,ただ受けるだけでは全く意味がありません。テストに向けて一生懸命勉強し,準備をすることによって成長します。そして,返された答案から現在の自分の力を把握し,苦手な部分を克服するように努力することが大切です。一度間違えてしまったところは,二度と間違えない。これはテストに限らず,これからの長い人生にとっても大切なことです。
 実は,私は高校時代に苦手な教科がありました。それは,社会科の中の世界史です。定期テストのたびに苦労しましたが,なかなか結果が出ませんでした。ある先生からアドバイスをもらい,勉強方法を変えることにしました。問題集に取り組みながら憶えるという方法で,同じ問題集を3回こなす,といったものです。答えを問題集に書き込むのではなく,別の紙やノートに書きます。正解した問題には○を,間違った問題には×を問題集に記入します。2回目も同じように行いますが,問題のところに○○や×○,××などが記入されます。3回目は,○○以外の問題だけ解きますが,3回目となると多くの問題に○が付くようになり,この問題集の問題なら,たいてい正解できるようになります。テスト前の復習では,3回目に×が付いた問題だけ見直せばいいので時間短縮にもなります。この方法でなんとか結果を出せるようになり,多少自信もつきました。この方法が全ての人に合うかどうかは分かりませんし,きちんとした理解につながるかどうかも分かりません。しかし,自分にとっては世界史のテストの得点を上げることには役立ちました。
 今後のテストに向けて,一つの勉強方法として参考にしてみてください。

感性を豊かに

 今日の集会では,豊かな感性を持つことが人生をも豊かにすることについて話しました。

 岩屋堂のライトアップが始まりました。品野中の紅葉も随分色づき,校門付近の樹が紅葉で真っ赤に染まっています。今朝はあいにくの曇り空で陽が当たっていませんでしたが,紅葉に陽が当たったときの美しさは格別です。陽の当たった側から見ても美しいのですが,裏から紅葉を透かして見ると,さらにその美しい色合いが目に映り,感動さえ覚えます。登校時に是非見て欲しいと思っています。
 先週の金曜日,まるっと音楽会で品野中の3年生が合唱を披露しました。当日私は出張があり参加することができませんでしたので,学校での最後の練習を見せてもらい,合唱を聴きました。そのときの感想は,「さすが」の一言です。美しく繊細なハーモニーと迫力を感じる力強さが随所に表れ,心が震えました。まさに感動の合唱です。本番の合唱を聴くことができなかったのは残念でしたが,きっと観客を魅了したことと思います。
 さて,突然ですが,入学式で私がどのような内容を話したのか憶えているでしょうか。ここ数年,同じ内容に触れているので,生徒の皆さんは全員聞いているはずです。(憶えている人に手を挙げてもらったのですが,誰も憶えていないようでした。自分が中学生でもきっと憶えていないでしょうね)
 こんな内容の話をしました。
 最も大切なものは命です。そして,次に大切なものは心だと思っています。人が何を話しどのように行動するのか,その元はその人の心だからです。だから,生徒の皆さんには心を鍛え,育てて欲しい。強い心,感性豊かな心,優しい心を鍛え,育てて欲しい。こんな話をしました。
 この三つの心の中で,今回特に伝えたいのは,感性豊かな心の大切さです。美しいものを美しいと感じたり,自然の雄大さや不思議さに感動したりする心についてです。
 同じものを見たり聞いたりしても,人によって感じ方は違います。何も感じない人もいるかも知れません。でもやっぱり感じて欲しいし,感動して欲しい。そしてそこから何かをつかんで欲しいし,感じたことを誰かに伝えて欲しい。そんなふうに思います。それが豊かな人生につながるはずです。潤いのある人生になるはずです。
 手前みそではありますが,私は合唱を聴いて感動し,紅葉の美しさに感動する感性があり,自分なりに豊かな人生を歩んでいると思っています。
 生徒の皆さんも,豊かで潤いのある人生にするために,感性あふれる心を育てて欲しいです。そして,3年生が合唱を通して人を感動させるように,誰かを感動させられるようになって欲しいと願っています。

事実と意見

 今日の集会では,人の話を聞いたり本や新聞を読んだりするときには,事実と意見を区別することの大切さについて話しました。


 僕は今朝,隣のおばあちゃんとすれ違ったときにあいさつをした。おばあちゃんは少し元気がなさそうだったので理由を聞いてみた。おばあちゃんは,飼っていた犬がどこかに行ってしまい戻ってこないと言っていた。僕は早く戻ってくるといいなと思った。

 この文章一つ一つを事実と意見に分けてみるとどのようになるでしょう。じっくり考えてみるとなかなか難しい面があります。例えば「○○と言っていた」とありますが,言っていたことは事実ですが○○の中身については事実かどうかは分かりません。もしかしたらこのおばあちゃんがウソを言っているのかも知れません。そこまで考えると人間関係はギクシャクしてしまいますが・・・。
 人の話を聞くときには,その内容が事実なのか意見や感想なのかをきちんと区別することが大切です。また,本や新聞を読むときも同じです。特に新聞は,事実しか書かれていないと思っている人もいると思いますが,書いた人やその新聞社の意見として書かれている場合もあります。
 人の噂はとても怖いものです。意見や感想が事実として一人歩きしてしまうことがあります。
 「○○君って△△なんだって」という噂を聞くことがあります。これは事実なのか,あるいは誰かが思ったことが事実として広まっているのか,また,何気なく言った冗談が本当のこととして伝わっているのか。△△が良いことであればまだしも,良くないことであり,しかも事実でなかった場合は○○君にとって,とても不幸なことです。
 誰かからうわさ話を聞いたときに鵜呑みにするのではなく,「それって本当?事実なの?」と,一旦冷静になってみることが大切です。ネット上では様々な情報があふれています。これらの情報と接するときも同様の態度で臨みたいものです。
 実は今回このよう話をしたのは,先週1年2組の国語の授業を見せてもらったことがきっかけです。その授業では,説明文を読み,文章を事実と意見に分ける活動を行っていたのです。それを見て今回話したようなことを考えました。ちなみに,その授業では,多くの人たちが周りの人と関わり,質問したり相談に乗ったり,自分の考えを話したりしていました。こういうことを繰り返すことによって,確実に国語の力やコミュニケーションの力は伸びると確信しました。

山で転んで

 今日の集会では,自分が山に登って転倒し,そのとき思ったことについて話しました。

 今日は雨の朝を迎えました。しかも本格的な雨です。そんな中を生徒たちは制服や持ち物を濡らしながらも頑張って登校してきました。当たり前かも知れませんが,素敵なことだと思います。
 私は自宅から学校までの通勤途中に4個の信号を通過します。今日はそれらの信号が全て青で,スムースに通過でき,こんな雨でしたが何かいいことがありそうな,そんな気がしていました。今日の集会で立派な成績を残した卓球部,テニス部の表彰をすることができ,やはりいいことがあったとうれしく思いました。
 さて,一昨日の土曜日,私は山登りに行ってきました。恥ずかしい話ですが,登山中転んでしまい,右のふくらはぎを痛め,力を入れると痛みが走り,ちょっと辛い山登りになりました。そのとき,二つのことを思いました。
 まず一つめ。こんな話があります。
 あるところに木登り名人がいました。その名人がある人に,とても高い樹の上にある枝を払うように指示をしました。その人が無事に枝を払い終え,高いところから低いところまで降りて来たときに「気をつけて降りろ」と言いました。高いところにいたときには何も言わず,低いところに来て初めて声をかけたのです。
 高いところだと危険を感じ,何も言わなくても気をつけます。しかし,低いところに来ると安心して注意しなくなるため,木登り名人は低いところで声をかけたのです。
 「油断大敵」ということですね。実際,私が転んだ場所は特に大きな危険を感じるようなところではありませんでした。転んだときに何百メートルも転落するような場所ならかなりの注意を払ったはずです。やはり油断があったのだと思っています。
 ちなみに集会でこの話をし,なぜ木登り名人はその人が低いところに来てから声をかけたのかを生徒たちに考えてもらいました。ある生徒が「高いところだと集中していて,声をかけると集中が切れてしまうから」といった意味のことを発言してくれました。正解しか頭になかった私は「なるほど,そういう見方もできるのか」と感心させられ,他の考えに触れることの大切さを改めて感じました。
 二つめは「失って初めてその大切さに気づく」ということです。
 普段は足に痛みなどを感じることもなく,当たり前のように歩いたり山に登ったりしてきました。しかし,今回足の痛みを我慢して山に登り,初めてそのありがたみを感じたのです。
 思えばそういったことは身の周りにたくさんあるような気がします。例えばコンピュータや携帯電話のデータ。ある日突然消えてしまい,バックアップを取っておかなかったことを後悔した経験のある人もいるのではないでしょうか。例えば人からの信頼。たった一つのウソ,あるいはすぐに約束を破る,などによって人からの信頼は失われます。失った信頼はなかなか取り戻せません。そのときになって大切さに気づいても遅いのです。まだまだ他にも失ってから初めて気づく大切なことはありそうです。
 生徒の皆さんは,これから長い人生を歩みます。できることなら,失ってからその大切さに気づくといった後悔はして欲しくないものです。
 山登りに行って転び,こんなことを思いました。

体育祭を終えて

 今日の集会では,先週土曜日に行われた体育祭について話をしました。

 先週の土曜日,体育祭が行われました。閉祭式が始まる頃から雨が降り始めましたが,何とか全ての予定を終了することができました。体育祭を終えて,生徒の皆さんはどのような感想を持ったでしょうか。
 私は,品野中のいいところが一杯詰まった,とても素敵な体育祭だったと思っています。演技や競技に打ち込む真剣な態度や一生懸命な様子,そして笑顔,力一杯の声援。自分たちのカラーだけでなく,他のカラーの人たちにも声援が送られていました。例えば,全員全脚で思うようになかなか足が進まず苦労しているときに,他のカラーの人たちから「がんばれ〜」と声がかかり,とても暖かい空気に包まれました。
 土曜日の夕方,私が帰宅する途中,とてもきれいな夕焼けを見ることができました。空一面に雲が広がっていましたが,西の方角の一部がぽっかりと開け,そこだけ特別な何かのように明るい薄青色の空が見えました。そしてその上にはうろこ雲が屋根のように覆い被さり,下から夕日が照りつけ,それは見事なあかね色に染まっていました。そんな情景とその日の体育祭とを重ねあわせ,いい一日だったとしみじみしたことを憶えています。
 さて,総合優勝は黄組でした。努力の成果が表れ,結果を残すことができました。黄組の皆さん,おめでとう。でも,残念ながら結果を残せなかった他のカラーの人たちがダメだったかというと,決してそうではありません。優勝を目指してみんなで力を合わせ,頑張ったことには変わりありません。その頑張りに対して,心からの拍手を送りたいと思います。
 思えば品野中の体育祭は,大縄や全員全脚など,練習が大きくものを言う種目がたくさんあります。今年は例年以上に天候不順な日が多く,練習時間や場所が限定され,苦労も多かったと思います。そんな中でそれぞれが工夫をし,よく頑張ったことが,本番の姿から感じられました。
 夏休みから3年生が中心となって準備を進めてきた応援合戦も,黄組が勝利を収めました。毎年私も審査をしますが,今年も甲乙付けがたく非常に悩みました。実は私が投票したのは黄組ではなく,他のカラーでした。そんなところからも実力が伯仲していたことが伺えます。
 団長を中心に,3年生がとてもたくましく,頼もしく感じました。団長の思いのこもった選手宣誓や応援合戦前のあいさつも,聞く者に気持ちの伝わる素晴らしいものでした。たぶん,応援合戦の練習を始めた頃は,3年生もそれほど自信たっぷりではなかったのではないかと想像します。1・2年生に教えながら自分たちもさらに考え,そしてまた教える。そんな繰り返しの中で自信を深め,たくましく,頼もしく成長していったのではないか,そんなことを思いました。
 3年生の姿を1・2年生は見ていたはずです。そして,感じるものがあったはずです。今の3年生も昨年の3年生を見て,感じて今年があります。これが品野中の伝統であり,伝統の強みでもあります。これが今後も継続し,さらにパワーアップしていくことを期待しています。

意気に感じる

 少し遅くなりましたが,12日(月)の講話で話した内容を載せたいと思います。

 まだまだ暑い日が続きますが,「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるように,秋分の日辺りになると気温も下がり,随分秋めいてくると思います。もうしばらくの辛抱ですね。
 この土日は「せともの祭」がありました。私も子どもの頃はせともの祭が楽しみで仕方がなく,その日が来るのを指折り数えて待っていたことを憶えています。
 品野中では,皆さんもよく知っているように,校内で作った瀬戸物を廉売市で販売しています。販売している物は,A組や美術窯業部,PTAの人たちが一生懸命作った作品です。ここでの売り上げは,次年度の作品作りのための粘土や釉薬,燃料代などに充てられます。また,本校の生徒が部活動で使う,ユニフォームやボール代などにも遣わせてもらっています。
 廉売市での二日間,私も販売に参加しました。A組や美術窯業部の人たちが一生懸命に作品を販売していました。自分たちの作品を買っていただけたときのうれしそうな表情が印象に残っています。
 また,毎年思うことですが,PTAの皆さんの一生懸命な姿やチームワークのよさにはいつも感心させられます。これは,せともの祭の二日間だけではありません。作品ができ上がり,店頭に並ぶまでの4か月という長い期間にわたって感じられます。忙しい仕事の合間を縫って時間を見つけ,あるいはプライベートな時間を割いて,活動に参加していただいています。もちろん,報酬はありません。完全なボランティアです。PTAの役についた,ということもあるでしょうが,一生懸命な姿からは,それ以上のものを感じるのです。
 さて,「意気に感じる」という言葉があります。これは,人が金銭や名誉のためではなく一生懸命やっている姿から何かを感じ,自分も突き動かされるように一生懸命になろうとするという意味です。PTAの皆さんの様子から,この言葉が浮かびました。
 「意気に感じる」。この言葉は最近あまり聞かれなくなっているように思います。自分の得にならないから,自分の仕事じゃないからやらない,一生懸命にならなくてもいい。こんな風潮が広がっているのでしょうか。もしそうだとしたらとても寂しいことです。「意気に感じる」とは,義務や権利を超えたところにある人の気持ち,心意気,といったものが根底にあるように思います。ギブアンドギブの精神にもつながりますね。
 生徒や職員の誰もが周りの人たちを意気に感じさせ,そして,意気に感じながら態度や行動に現す。こんな学校だと,品野中はもっと素敵になると思います。

始業式 式辞

 今日は2学期の始業式を行いましたので,そこで述べた式辞の内容を載せたいと思います。なお,瀬戸市では,「交通事故多発非常事態宣言」の発令期間が延長されました。そのことにも触れ,交通事故に気をつけるように呼びかけました。

 長かった夏休みが終わり,今日からいよいよ2学期の始まりです。出校日に「過去は変えられない。変えられるのは今と未来だけ」という話をし,夏休みのそれまでの生活の自己評価が低かった人の奮起を促しました。きちんとした生活を送って夏休みを締めくくり,2学期に向けて意欲を高めることはできましたか?
 さて,私が夏休みに,ふとしたことがきっかけで考えたことを紹介します。
 皆さんは,障害を持たれた方専用の駐車場があることは知っていますか? 正式には「障害者等用駐車場」と言うそうです。こういった駐車場は,車いすで乗り降りするときに,ドアが一杯に開けられ,できるだけスムースに乗り降りできるよう,隣とのスペースが広く取られています。また,施設までの距離が近く,車いすのマークが描いてあります。
 私は時々多治見の体育館に行くことがありますが,ここにもそういった駐車場があります。自分の見た限りでは,この駐車場はいつも空いています。他の駐車場がどれだけ混雑し,駐車に困るような場合でも,いつも空いています。この状況を見て「みんなマナーがいいな」といつも感心していました。
 夏休みのある日,高速道路のサービスエリアに立ち寄ったとき,そこにも専用駐車場がありました。ここは既に満車で,空きがありません。止まっている車を見てみると,障害を持たれた方が乗っていることを示すステッカーが貼ってありません。そこで乗り降りしている人をたまたま見かけたのですが,車いすを使っている様子もありません。こういったことは,結構見かけます。
 以前,千葉県で障害者等用駐車場の使用状況を調査したそうです。その結果,合計利用台数1528台のうち「適正利用」と確認されたのはわずか約18.3%の279台でした。残りの81.7%は不適切な利用,つまり障害を持たれていない方の利用だったということです。
 皆さんは,このことからどのようなことを感じますか?
 世間一般ではどのようにとらえられているのかを,ネットで調べてみました。やはり,障害を持たれていない方の利用については,「非常識」「マナー違反」という意見が多く見られました。しかし,少数派ではありますが,「使用しないのに空けておく必要はない」という意見もありました。
 ここで大切なことは,一つの事柄に対して,自分が考える以外にもいろいろな考えがあるということ。そして,異なった考えを聞いてから改めて考えてみるということ。その結果,自分の考えが変わるかも知れないし,変わらないかも知れない。いずれにしても,初めの考えとは深まりや広がりが違います。これが成長ということです。        
 2学期は大きな行事があります。普段の授業はもちろんのこと,行事の準備や練習を通して様々な考えに触れ,改めて自分の考えを見直し,大きく成長して欲しいと思っています。これが「学び合い」です。品野中には,皆さん自身が成長するための種が,そこら中に落ちています。これらを活かし,皆さん一人一人が成長することを願っています。

あと2週間

 今日は,夏休み期間中の出校日でした。全校集会を行い,そこで講話をしましたので,その内容を載せたいと思います。

 今,ブラジルのリオデジャネイロでは,オリンピックが行われています。
 日本とリオとの時間差はちょうど12時間。24時間で地球が1回転することを考えると,リオは日本のちょうど地球の反対側にあることが分かります。そんな地球の反対側で繰り広げられているオリンピックで活躍する日本人選手に,生徒の皆さんも,きっと大きな声援を送っていることでしょう。
 皆さんも知っての通り,オリンピックは4年に1度しか開かれません。ですから,オリンピック出場を目指す人は,4年に1度という少ないチャンスに向けて,相当長い期間練習を重ね,努力し続けなくてはいけません。ときには4年以上も努力し続ける人もいます。しかし,どれだけ頑張っても,出場できる保証はどこにもありません。それでも自分を信じ,練習を信じてオリンピックを目指します。そして,見事出場を果たし,勝負の場に臨みますが,その結果が思い通りになるとは限りません。だからこそ,メダルを獲得したときの,ましてや金メダルを取ったときの喜びは,何物にも代え難い大きなものだと思います。また,私たちがオリンピックのメダリストに大きな拍手を送るのは,結果に対してはもちろんですが,長い間練習を積み重ねてきたその努力に対してでもあります。ですから,オリンピックで結果を残せなかった選手へも,また,オリンピックを目指して頑張ってきたにもかかわらず,出場を果たせなかった選手へも,その努力に対して拍手を送りたいと思うのです。
 さて,今日は出校日。夏休みも残すところ,あと2週間ほどとなりました。長期の休みを迎えるに当たり,どの人もそれぞれ目標を立てたと思いますが,それは実現できているでしょうか。また,目標の実現に向けて努力できているでしょうか。夏休み中のここまでの自分の生活を振り返り,自己評価してみてください。評価の結果は人それぞれですが,はっきりしていることが一つあります。以前にもお話したと思いますが,それは「過去は変えられない。変えられるのは今と未来だけ」ということです。特に,夏休みのこれまでの生活の評価が芳しくなかった人。過去は変えられません。変えられるのは今と未来です。残りの休みを精一杯頑張り,今年の夏休みは,自分の成長にとって有意義だったと思えるようにしてください。そして,自分の頑張りに対して拍手を送れるような日々にしてください。
 生徒の皆さん一人一人が,順調に2学期のスタートを切れるよう願っています。

1学期終業式 式辞

 今日は,1学期の終業式を行いました。そこで述べた式辞を載せます。

 新入生を迎え,誰もが新しい学年に進んで始まった1学期も,今日が最後となりました。1学期終業式,まさに節目の日であります。
 節目,節と言えば,植物の竹を思い出す人も多いでしょう。
 大雪が降り,大量の雪が竹の上に積もっても,竹はその体を曲げてじっとその重みに耐えます。そして,雪が溶け始め,軽くなると,グイッと体を伸ばし,雪をはねのけ,再びまっすぐに立ち上がります。この竹のしなやかで強い体は,節があるからこそです。
 また,竹は,1日に1メートルも成長することがあるそうです。これも,節があるからです。普通,植物は枝の先端が伸びて成長していきますが,竹は,節と節の間が伸びて成長していきます。いくつもある節の間が伸びるわけですので,成長のスピードが速いのも頷けます。
 このように,節は竹にとって,とても大切で,なくてはならないものです。同じように,人にとっても節(節目)は大切です。この1学期を振り返り,様々な観点で反省をし,明日からの目標を定めるのが節目の日です。そして,竹が節と節の間を成長させるように,皆さんも,次の節目の日まで,大きく伸びていって欲しいと思います。
 さあ,明日から夏休み。「夏を制する者は,受験を制する」と言われます。夏休みに一生懸命勉強した人は,受験でよい結果を残すことができる,といった意味です。夏は気温が高く,湿気も多い日が続きます。ですから,勉強するには決して良い環境とは言えません。また夏休みは,普段とは違い,自分で自由に使える時間が非常にたくさんあります。それだけに,ついつい勉強が後回しになってしまいがちです。このような状況の中で一生懸命勉強するには,強い意志と目的意識が必要です。だからこそ,「夏を制する者は,・・・」の言葉が生まれたのだと思います。
 皆さんは,この夏休みをどのように過ごすでしょうか。「夏を制する者は,受験を制する」のは,3年生にとっては,まさに自分自身のことです。しかし,一生懸命取り組む内容によって,受験以外のものも制することができます。40日ほどある夏休み。何に力を注ぐかを決め,充実した有意義な夏休みを過ごしてください。
 そして,何よりも大事なことは,皆さんの健康と安全です。水の事故や交通事故,熱中症などに気をつけ,自分の身は自分で守るよう,心がけてください。
 では,9月1日,2学期の始業式には,全員が元気な姿を見せてくれることを願っています。

残念だったね

 今日の集会では,昨日一昨日と行われた中総体予選について話をしました。

 昨日一昨日と,中総体瀬戸旭の予選が行われました。3年生にとっては最後の大会です。この大会を目指し,2年半練習に励んできた成果を発揮するときです。私も各会場を回り,品中生が健闘する姿を見せてもらいました。
 ある会場で,こんな場面がありました。
 健闘むなしく,試合に負けてしまった本校生徒が,会場を後にするとき,私の前を通りかかりながらあいさつをしてくれました。このとき私は「残念だったね」と声をかけました。試合に臨むときは,誰もが勝つことを目標に戦います。それに負けてしまったのですから,残念だったのは決して間違いではありません。しかし,考えてみると,敗戦後のその生徒の心の中が,残念,というものだけとは限りません。その生徒の試合を最後まで見ていたのですが,負けてしまったとは言え,実に見事な内容でした。残り時間が少なくなる中,敗色が濃厚です。でも,選手たちは決してあきらめません。必死でボールを追いかけ,相手に立ち向かっていきます。そして,ひょっとしたら逆転するかも,と思わせてくれるほどの追い上げを見せてくれました。こんな素晴らしい内容の試合をした生徒です。もちろん,残念という気持ちもあったでしょうが,「力を出し切った」「最後まであきらめることなく全力で戦った」「充実した締めくくりができた」といった思いがあったのかも知れません。ですから,単に「残念だったね」という言葉しかかけられなかったことに対して,悔いが残っています。
 今回の大会で結果が出ず,残念という気持ちしか残っていない人がもしもいたならば,負けたことだけではなく,その他の様々なことにも思いを巡らせて欲しいと思います。これまで厳しい練習に耐え抜いたこと,幾度か辞めようと思っても何とか続けられたこと,仲間との絆や思いやりの気持ちを感じた瞬間,ここまで続けられたことに対する家族やいろいろな人たちへの感謝。
 大会当日,試合の状況がどんなに劣勢になっても,声を出したり仲間に指示を出したりする一生懸命な姿を随所で見ることができました。負けてしまい,涙を見ることもありましたが,悔しさだけではなく,いろいろな思いのこもった涙だったように思いました。大会に参加した生徒の皆さんは,この2日間の試合を通じて,いろいろなことを感じたはずです。是非,そのことを心にとめておいてください。
 さて,まだ試合が残っている人,これから大会を迎える人。これまで培った力を出し切るべく,全力で試合に臨んでください。そして,感じて欲しいと思います。全力で試合に臨むからこそ感じることもあります。
 健闘を祈ります。

野外活動で佐久島に行ってきました

 今日の集会では,先週の野外活動で印象に残った,民宿のご主人の言葉について話しました。

 毎年,この梅雨の時期には,光を放ちながら飛ぶホタルの姿が見られます。生徒の皆さんはホタルを見たことがあるでしょうか。(集会のときに聞いてみたら,8割以上が見た経験があると手を挙げていました)
 私は先週の土曜日に,土岐市の鶴里で行われていた「ホタルまつり」に行き,ホタルを見てきました。すうっと光り,すうっと消えるホタルの光は,とても幻想的で美しく,しばし見入ってしまいました。
 さて,先週,2年生は佐久島で野外活動を行ってきました。瀬戸では経験できないことを様々体験し,多くを感じ,学んでくれたと思います。
 3年生の皆さんは知っていると思いますが,佐久島では,クラス別,男女別で民宿に泊まります。私は2組女子がお世話になった民宿に一緒に泊まりました。そこのご主人の言葉がとても印象に残りましたので,紹介したいと思います。
 瀬戸・品野にはあっても,佐久島にはないものは何かをみんなで考えました。コンビニ,スーパー,消防署,病院など,たくさん出されました。例えば夜,お腹がすいて,パンでも買いに行こうと思っても,コンビニがないので行くことができません。そもそも佐久島には店がほとんどなく,小さな雑貨屋さんが1件あるだけです。病院も,小さな診療所があるだけで,お医者さんも,週に3日滞在するだけです。
 普段,コンビニやスーパーがあり,病院もあり,急病のときには救急車も駆けつけてくれるところに住んでいる我々にとって,佐久島は実に不便なところです。しかし,民宿のご主人は,「決して不便だとは思いません。なぜなら,これが当たり前だからです」とおっしゃっていました。
 思えば,当たり前の状況や当たり前に行っていることは,決して辛くないはずです。品野中の生徒の皆さんが毎日当たり前に行っている清掃やあいさつも,辛く感じている人はほとんどいないと思います。どんなことにも言えると思いますが,当たり前と思えるぐらい続けると,それが習慣になってしまい,そのことが辛いとか苦しいとか思わなくなります。つまり,その人の身に付いた,ということになり,その人の能力となります。
 はじめのうちは辛く,苦しいことも,続けることによって当たり前となり,習慣となっていきます。やはり,どんなことでも続けることが大切です。
 民宿のご主人の言葉を聞いて,改めて思いました。

修学旅行に行ってきました

 今日の集会では,先週の修学旅行で印象に残ったことについて話しました。

 昨日はあんなに良い天気で暑かったのに,今日は雨の朝を迎えました。まさに変わりやすい春の気候ですね。このような天候がしばらく続き,やがて梅雨に入ります。そして梅雨が明ければいよいよ夏の到来。こんな季節の移り変わりに目を向ける心のゆとりが欲しいですね。

 さて,先週は3年生が修学旅行に行きました。以前,修学旅行を控えた3年生に,普段は感じない友達の良いところを見つけよう,と話しました。3年生の皆さん,どうだったでしょうか。友達の良いところを見つけることはできましたか?

 私も修学旅行に一緒に行き,印象に残ることがたくさんありましたので,その中から紹介します。
 ディズニーランドやシーに行きました。キャラクターに会ったりアトラクションを楽しんだり,といった目的があったと思いますが,目的はそれだけではありません。ディズニーの大切にしていることやおもてなしの心を学ぶことも,大きな目的でした。ディズニー訪問を翌日に控えた1泊目のホテルで,そのことについて実行委員を中心に,みんなで考えました。例えば,小さな子どもが転んで,持っていたポップコーンを落とし,道を汚してしまったとして,キャストはどのような対応をするのかを考えました。多くの生徒が,「大丈夫だよ」と安心させ,代わりのポップコーンを持ってきてくれる,と考えました。その他には,ほうきを使って,落ちてしまったポップコーンでミッキーマウスの絵を描く,といった回答がありました。また,「ポップコーンは落としてもいいけど,幸せは落とさないでね」と答える,と発表してくれた生徒もいました。どれも素敵な回答で,なるほど,と思わせてくれました。
 翌日,私はディズニーシーに行きましたが,キャストにインタビューをしている生徒たちを見かけましたので,一緒に質問してみました。内容は,前日にみんなで対応を考えたポップコーンの話です。やはり,優しく子どもに声をかけ,代わりのポップコーンを持ってくるそうです。ポップコーンで絵を描く対応や,「幸せは落とさないでね」といった言葉を考えた生徒がいたことを話すと,素晴らしい,と言ってくれました。
 もう一つ印象に残っていることは,帰りのバスのガイドさんの言葉です。私は品野バスセンターで降りるバスに乗りました。生徒が降りた後,ガイドさんが車内を点検しましたが,そのときに,「ゴミ一つ落ちていませんでした。なんてマナーの良い生徒さんたちなんでしょう」と,感心してみえました。普段学校で一生懸命掃除に取り組んでいる品中生。やはり普段の学校生活が,こういった行事のときに現れるのだと,改めて思いました。と同時に,ガイドさんの言葉をとてもうれしく思いました。

修学旅行

 今日の集会では,いよいよ来週に迫った修学旅行について話をしました。

 制服の衣替えの期間に入り,生徒の皆さんも夏服を着ている人が随分増えてきました。
 さて,3年生は,いよいよ来週,修学旅行があります。かなり前ですが,私も小学校と中学校で修学旅行に行きました。いろいろな思い出がたくさんありますが,その中から二つ紹介したいと思います。いずれも小学校の修学旅行でのことです。
 私は祖母懐小学校の出身ですが,当時は伊勢方面に行っていました。伊勢神宮や鳥羽の水族館などに行った記憶があります。学校に集合し,そこからバスで名古屋駅に向かいます。3台来るはずのバスが2台しか来ません。何かの手違いなのか事故なのか,小学生だった自分にはその理由は分かりません。このままだと電車の発車に間に合わないため,保護者の方が何台か自家用車を出してくださり,無事に予定の電車に乗ることができました。私はバスで行きましたが,自家用車に乗った子たちが,なぜかうらやましかった覚えがあります。もう一つの思い出は,修学旅行のお小遣いのことです。今日の集会のとき,生徒の一人に聞きましたが,今の小学生はお小遣いを7000円ぐらい持って行くそうです。私たちのときは500円でした。今では信じられないですが,自宅からお小遣いを持って行くのではなく,行きの電車の中で,担任の先生から配られます。もちろん,先生のポケットマネーではありませんが・・・。しかも,お札でした。受け取るときのなんとも言えないうれしい気持ちが今でも蘇ります。
 以前の修学旅行は,小学校でも中学校でも,全員がガイドさんに連れられて訪問先を見たり説明を聞いたりする,そんなスタイルが中心でした。しかし,今は,グループに分かれ,希望の場所を自分たちで立てた計画を基に訪問することが中心となっています。ですから,以前の修学旅行が「見る・聞く」とすれば,現在は「体験」と言えると思います。修学旅行では,事前の準備を含め,訪問先やそこまでたどり着くまでの道のりなどで,様々なことを体験し,多くを感じ,学んで欲しいと思っています。
 さらに,修学旅行は,学校や家庭から離れ,3日間を仲間と共に過ごします。ですから,普段にはない仲間の姿を見たり感じたりすることができ,思わぬ発見をすることもあるでしょう。是非,そんな仲間の良いところを発見できたらと思っています。修学旅行は,訪問先での思い出はもちろんですが,それだけではなく,私が小学生時代に思い出として残っているように,ちょっとしたことが心に残るものです。仲間の良いところを見つける,そんな気持ちで修学旅行での生活を送って欲しいと思います。
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