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2015.8.12 火垂るの墓ストーリーが分かっていながら、毎回、泣きながら見ている映画です。 映画は、「スタジオジブリ製作の映画」として有名ですが、作品そのものは、作家野坂昭如さんが執筆し、1967年度下半期に「直木賞」を受賞した短編小説です。 そして、余談ですが、映画は、1988年に公開されていますが、「となりのトトロ」と同時上映でした。「トトロ」を見てニコニコした後、「火垂るの墓」を見て涙が止まらない、という組み合わせは、今思うと、ジブリはすごいことをしていたのだな、と思います。 1993年から2年(奇数年)に一度のペースで放映されていた映画ですが、なぜかネット上では「放映されない」という都市伝説がささやかれていました。 「もう放映されないのかな」と思っていたら、今夏「放映」があり、「よかったな」と思っているのは自分だけでしょうか…。 この時季、戦争を題材にした映画は数多く放送されますが、個人的には「火垂るの墓」は外せません。今年も「名作」を見たいと思います。 2015.8.11 今月の注目天文現象一つは、13日前後の「ペルセウス座流星群」(上図)、もう一つは、22日の「月と土星が接近」(下図)です。どちらも、天体望遠鏡を使わなくても肉眼で見ることができます。 13日前後の「ペルセウス座流星群」は、なぜ「前後」かというと、今回の流星群は、「13日15時頃」がピークであり、その時間は当然明るくて見えないため、その前後の夜に見ることができるためです。北東の空に見ることができる流星群は、お勧めが「13日の未明」だそうで、山などの街の灯りがなく空気が澄んだところでは、1時間当たりに何十個とみることができるのだそうです。街中では、数個〜10個程度だとか。それでも十分に楽しめそうですね。 ちなみに、「流星」は、宇宙空間に散らばっている小さな塵(流星物質)が地球の大気圏に飛び込んで大気中の原子や分子と衝突し、上空100km前後でプラズマ発光する現象です。「星が流れて飛んでいく」のではないのです。あしからず。 そして、22日の「月と土星が接近」。日が沈み、空が暗くなり始めたら、南西にある月の左側に見ることができます。 といっても、ご存じの通り、土星には「輪」がありますが、肉眼では、輪が見えるわけではありません。輪を見ようと思うと、50〜100倍程度の天体望遠鏡で見る必要があります。 しかし、遠くにある星が、こうして肉眼で見ることができるというのは、なんだか不思議で、素敵ですね。 詳しくは以下をクリック。興味のある古北っ子は、家族と共に、見てみてはいかが。 ■国立天文台 ペルセウス座流星群2015年 ■AstroArts 2015年8月22日 月と土星が接近 (※画像は、上記サイトからそれぞれ引用しました) 2015.8.10 富岡製糸場我が家では、毎年、世界遺産を家族で回るということが恒例となっており、これで通算10箇所目になります。 さて、富岡製糸場は明治5年(1872年)、明治政府が日本の近代化のために最初に設置した模範器械製糸場で、製糸場は長さ140mもあり、世界の中でも最大規模の施設です。 ここでは、外国でも評価の高い、高品質な生糸が生産されていました。 というのも、当時の明治政府は、日本の近代化を推進し、世界の先進諸国と対等な立場になるため、「殖産興業」を重点施策としていました。中でも、生糸は主要な輸出品目であり、輸出総額の約70〜80%以上を占めた時期もありました。政府は交易をさらに活性化させるために「生糸の輸出振興と品質向上」を主な政策の一つとしたのです。そこで、できあがったのが器械製糸技術を普及させるための国営事業の模範工場となる富岡製糸場が建設されました。ここから、国内の各地に技術と工員が広がっていったのです。また、そのことは、国が建設することにより、製糸業に関する外国資本の侵入を抑えるためにも役目を果たすことも狙いにありました。 時代の流れから、官から民へ事業が代わっても、製糸場は稼働し続けました。しかし、和服を着る機会の減少や中国からの輸入が増加するなどの社会情勢の変化に、昭和62年(1987年)に操業を停止。しかし、そんな最近まで可動していたとは知りませんでした。 また、建物の、「木骨レンガ造」は、「半田赤レンガ建物」にも見られる工法で、見た目が美しく、堅牢さが売りの建築法です。 予習はしていったのですが、最初に約20分の歴史や施設を紹介した動画も見ることができ、学びを深めることができました。 当時の日本人のエネルギーや発想の素晴らしさに、ただただ驚くとともに、その人たちがあっての今の日本なのかな、ということも思うのでした。 また、繊維業と言えば、この尾張とは、関係の深い施設ですね。 2015.8.9 頑張れ、山本昌投手!というのも、山本昌投手が登板するためです。 11日に50歳の誕生日を迎える山本昌投手。今季初登板初先発を果たし、自身が持つプロ野球最年長登板の記録を49歳363日に伸ばして更新しました。 この試合で山本昌投手が勝利投手になれば、大リーグのジェイミー・モイヤー投手の49歳180日の最年長記録を上回ることになります。 歴史的瞬間に立ち会えるかもしれない試合は、スターティングメンバーに山本昌投手がコールされると、ドーム全体にとても大きな歓声と手拍子が沸き起こりました。 初回、スワローズの先頭打者の比屋根選手を三球三振に打ち取ると大歓声があがります。しかし、ワイルドピッチから、犠牲フライで先制を許す展開に。続くピンチを三振に打ち取ると、最小失点切り抜けます。 しかし、2回表、ヤクルト大引選手に対して、スリーボールになったところで、ベンチに下がるハプニングが。 なんと、左手人さし指の突き指に。投球で腕を振った際、右脚に当てたとのこと。ちょっと力が入っていたのかもしれません。なんとも残念に思ったのでしたが、次の登板が叶うのか心配するところです。そして、このままリードを許せば、「負け投手」に…。 試合は、ドラゴンズの代打赤坂選手のタイムリーヒットで逆転に成功し、途中2点のリードをするも、最終回に追いつかれ延長戦に。11回表にスワローズに1点を奪われると、5×4で敗れてしまいました。山本昌投手の「負け投手」の記録は無くなりましたが…。 ぜひ、この後の今シーズン、50歳の誕生日を迎えて、勝利投手になってほしいものです。そしてまた、その時は、歴史的瞬間に立ち会いたいものです(笑)。 残念ながら、現在、セ・リーグ最下位のドラゴンズですが、満員となったスタンドが、まだ根強いドラゴンズファンがいることを物語っていたように思います。ドラゴンズには、ぜひ頑張ってほしいものです。 今日は、年齢に関係なく一線の舞台に立つ山本昌投手に元気をもらいました。これからも、多くの人に元気を与えてほしいと思います。まだまだ頑張れ、山本昌投手! (他球団ファンの皆さん、今日は、一(いち)ドラゴンズファンの主張を語らせてもらい、スミマセンでした。) 2015.8.8 映画「ジョバンニの島」終戦後の北方四島で起きた実話を基に、幼い兄弟に降りかかる過酷な運命を描き出したアニメーション映画で、2014年新春に公開されたものです。 様々な切り口の第二次世界大戦時を描いた映画がありますが、北方領土を舞台にした映画は初めてのように思います。 あらすじは、以下の通りです。 1945年。10歳の淳平と7歳になる寛太の兄弟は、父・辰夫や祖父・源三とともに、北方四島のひとつ、色丹島に住んでいた。彼らの暮らしは、敗戦とともに一変した。ソ連軍が島を占拠し、島の人々は住処を失う。島は混乱に陥るが、それでも両国の子どもたちは国の違いを超えて仲良くなり、純平はロシア人のターニャに惹かれるようになる。そんな中、島の防衛隊長を務める辰夫がシベリアの収容所に送致され、兄弟は樺太へ行くことに。寒さと飢えに苛まれながら、兄弟は再び家族がひとつとなることを願い続ける…。(※Movie Walkerから引用) ここにも、辛い思いをしていた人々がいたことを知りました。家族が離ればなれになるというのは、いつの時代でも辛いものがあり、なんとも言えない気持ちになりました。 映画は、宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」をモチーフにしており、国内外を問わず、数々の映画祭で受賞しています。文部科学省認定の映画でもあり、児童にもおすすめです(5月22日に「BSフジで」で放映されています。また放映されると観られますね)。 実は、たまたま私の娘が、「平成25年度北方四島交流訪問事業(教育関係者・青少年)」の一員として、映画の舞台と同じ色丹島を訪問する機会を得て、実際に島へ行っています(現布袋小校長の土井先生も一員として参加。現在、その時の模様が布袋小HPに掲載されています)。 現在の北方領土は、そのほとんどがロシア色になっているとのこと。そんな施設の一つが、映画に登場しますが、実際に訪れた施設がモチーフとなっていたようで、娘は、映画を観て懐かしさを感じていました。 この北方領土ですが、実は、政府の北方四島交流等事業使用船舶「えとぴりか」号に乗船できる機会があれば、ビザなしで行くことができます。興味のある古北っ子は、そんなチャンスに巡りあえるといいですね。 ■「ジョバンニの島」公式サイト ■独立行政法人北方領土問題対策協会 2015.8.7 全国高校野球選手権大会なお、昨日は、愛知県代表の中京大中京高校が1回戦に出場し、岐阜県代表の岐阜城北高校と対戦すると、見事勝利。全国大会の最多勝利記録を更新しました。 また、第87回選抜高等学校野球大会が開催されたときもHPの記事にしましたが(参照2015.3.22 選手宣誓)、毎大会、興味深く、胸を熱くしながら拝聴するのが「選手宣誓」です。特に、今大会では、京都府代表の鳥羽高校主将が宣誓をすることになりましたが、この鳥羽高校は、今から100年前、第1回大会で優勝を飾った京都二中の流れを汲む高校というのですから、運命的なものを感じずにはいられません。 以下にその宣誓文を掲載します。 宣誓 1915年8月、第1回全国中等学校優勝野球大会が始まりました それから100年間 高校野球は日本の歴史とともに歩んできました この100年 日本は激動と困難を乗り越えて今日の平和を成し遂げました このような節目の年に 聖地甲子園で野球ができることを誇りに思い そして支えていただいたすべての方々に感謝し 全力でプレーをします 次の100年を担うものとして 8月6日の意味を深く胸に刻み甲子園で躍動することを誓います 平成27年8月6日 選手代表 京都府立鳥羽高等学校 梅谷成悟 京都二中は、戦後初めて行われた大会にも出場し、見事準優勝に輝いています。 これは、個人的な想像ですが、そんな節目ごとに代表校として出場し、なおかつ結果を残してきた学校であるからこその宣誓文のように思いました。 特に県勢が勝ち残ると、目が離せないのが高校野球です。中京大中京高校には、頑張ってほしいところですが、一(いち)野球ファンとしては、ぜひ、どの高校も爽やかで、感動的なプレーを見せてほしいと思います。 暑さに負けず、頑張れ、高校球児! (※写真は、スポーツ報知から引用しました) 頑張れ、古北っ子! 〜愛知駅伝に向けて〜まだ、日差しが厳しい16時に、「すいとぴあ江南」がある、草井グランドに約60名の小学生が参加。古北小からは、女の子3人が参加をしました。 今日が初日となる練習でしたが、アップの後に、まず第1回の計測を行いました。 すると、見事、高木さんがトップでフィニッシュ!すばらしい走りでした。しかし、まだまだ伸びしろを感じさせる走りで、今後の成長が楽しみです。 他の二人も、ベストを尽くしていい走りをしていました。さすがに、まだ気温も高く「疲れた〜」の第一声でしたが、額に光るさわやかな汗が、がんばりを物語っていました。 3人の皆さん、お疲れ様でした。 お盆明けに、また練習会があるようですね。暑い日が続きますが、がんばってください! 2015.8.6 あれから70年今日は、広島市の平和記念式典が開催されています。8時15分には黙祷がささげられました。特に今年は、海外から過去最多の100カ国の代表が参列されるとのこと。広島から核のない世界になることを願うばかりです。 平和記念公園には2度ほど訪れたことがありますが、あそこに立つと、当時の悲惨さが目に浮かぶようで、何とも言えない気持ちになったのを覚えています。 さて、私が小学校の頃は、「原爆」と言えば、漫画「はだしのゲン」で、その悲惨さと平和であることや戦争をしないことの大切さを学んだものでした。 しかし、今では、便利な時代になったもので、様々なWEBサイトで、関係する事柄を学ぶことができます。以下に、そんなサイトを掲載します。大人も改めて学び直し、子ども達に事実を伝えていくのは、大人の務めかもしれませんね。 ■広島市への原子爆弾投下(Wikipedia) 関係する情報を多数知ることができる。 ■ヒロシマ・アーカイブ(※右上画像) 広島平和記念資料館の資料、被爆者の証言をGoogle Earth上にマッピングしたサイト。写真をクリックすると語り部の言葉や動画、建物などの映像を見ることができる。(※情報量が多いため、PCによっては開かなかったり、動きが悪い場合があり) ■広島平和記念資料館WebSite 広島平和記念資料館のバーチャルミュージアム。平和記念公園周辺の慰霊碑の解説や、資料館の展示物の一部、過去の企画展の展示物なども見ることができる。「キッズ平和ステーションヒロシマ」のアニメーションなどで平和学習もできる。 ■被爆60年ヒロシマの記憶 広島の民放テレビ局「RCC(中国放送)」で、2004年8月6日から2005年8月6日まで放送された全52回分を掲載し、一部を除いて動画を見ることができる。文部科学省選定、広島県知事推奨、広島市推薦、広島市教育委員会推薦。 2015.8.5 新聞から戦争について学ぶ特に、最近では、「原爆の日(8/6)」や「終戦の日(8/15)」が近づいてきたこともあり、新聞には、関連する記事を毎日たくさん見るようになりました。 ちなみに、本日(8/5)付の中日新聞には、以下のような11の記事が掲載されています。 ・1面 戦争直視せぬまま政府の調査会頓挫 ・2面 日章旗さまよいに終止符 ・3面 米軍縮担当高官が原爆式典初出席へ ・5面 発言欄(戦後に関する寄稿2つ) ・6面 コラム 戦後70年 甦る経済秘史 ・8面 韓国14日臨時休日「解放70年」3連休 ・12・13面 問い直す戦争70年目の視点 ・16面 戦争があった 尾張・知多の記憶 ・20面 原爆の惨劇 「今こそ読んで」 ・28面 子どもたちよ!2015 私の戦争体験 ・31面 あす広島被爆70年 夢枕の少年「僕を描いて」 「二度と起こしてはならない」というメッセージが、様々な立場の人から、様々な角度で、数多く語られています。 なお、記事ではないですが、テレビ欄にも「戦争」「戦後」に関する番組が放映されることが分かります。 「テレビ」と言えば、昨日、池上彰さんと櫻井翔さんが出演されていた、テレビ番組「戦後70年特別番組 教科書で学べない戦争」を見ました。戦争にまつわる様々な「新たな発見」があり、多くの事柄を学ぶことができた番組でした。 お父さん・お母さんはもちろん、おじいちゃん・おばあちゃんも戦争を体験していない人が増えつつあります。悲惨な戦争を二度と起こさないためにも、この時期に掲載されている新聞に目を通すことは、大きな勉強にと思います。特に、高学年の皆さん、いかがですか。 2015.8.4 明かり−−−−−−−−−−−−−−−− 夕方、いつものように散歩に出た。だんだん暗くなり、次々と家の明かりがともっていくのを見ながら歩くのが好きなのだ。 忘れもしないあの日は、お盆の15日だった。母が作った塩あんのおはぎを、知り合いに届けに行くお使いを頼まれた。 届け先で「陛下のお声を聴いて帰る?」と尋ねられた。「帰ってから」と答えて引き返す途中、近くの路地から上級生の男の子が飛び出してきて言った。 「戦争に負けたよ」 とっさに判断できず歩き続ける私に、追い掛けてきた男の子は大声で言った。 「今晩から電灯が明るくなるんだって」 夜になって、電灯の下に家族が集まった。父が踏み台に上がって、儀式のように無言のまま黒い布を外した。 そして、スイッチをひねるとパッと電灯がともった。明るい!昨夜まで畳の上にできていた小さな光の輪が、部屋いっぱいに広がった。 息をのんで見ていた弟妹が部屋中を走り回って喜んだ。 あれから70年。多種多様に照明が進化する中、私は家々のリビングから漏れる明かりに一番の幸せを感じる。 「この明かりが暗くなることがありませんように」と願いながら、今夜も歩いている。(名古屋市・女性・79歳) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 黒い布で電灯を覆うのは、「灯火管制(とうかかんせい)」と呼ばれる、戦時中の照明の使用を制限するためのものです。夜間の敵機からの空襲を防ぐために行われていたもので、空襲警報が鳴ると、少しでも灯りが漏れることを許されず、協力しなければ、何を言われるか分からなかったとさえ言われます。戦争を知らない私たちには、想像しにくいものです。 こうして、昼夜を問わず灯りに囲まれ、平和に暮らせることがどれだけ幸せなことか。この機会に、大変な生活を強いられ、つらい思いをしてきた戦時中のことを学び、平和について考えてみるのもいいですね。 (※写真は、立命館大学国際平和ミュージアムキッズページより引用しました) 2015.8.3 「デジタルイミグラント」がしなければならないこと夏休みになり、自由な時間が増えると思いますが、その時間をどう過ごすかは、2学期からの生活のリズムに影響を与えかねません。 すると、8月1日付の福島民友新聞に、以下のような興味深い文が、コラム「編集日記」に掲載されていたので、引用・転載させていただきます。 小学生の娘は、私のスマートフォンがお気に入りだ。動画サイトでお笑い芸人を見たり、通っている塾のホームページ内にある宿題に取り組んだりしている。4歳になった姪(めい)は、タブレット端末の画面に指を滑らせ、ゲームを楽しんでいる▼スマホやパソコンなど情報通信端末は今や、子どもたちの生活に深く入り込んでいる。総務省の調査では、4〜6歳児の4割超が使っており、利用者の低年齢化が進む▼現代の若者たちのように、生まれた時からデジタル機器に囲まれ、インターネットに親しんで育った世代を「デジタルネーティブ」と呼ぶそうだ。「ネーティブ」は「先住民」の意味▼対して、人生の途中からデジタルに触れるようになった世代は、「移民」の意味を持つ「デジタルイミグラント」と呼ぶという。メールを送った相手に「届きましたか」と電話で確認してしまうような私たちおじさん世代のことだ▼若者たちはインターネットを駆使し、情報収集や、世界中の人とのコミュニケーションを容易に楽しむ。一方で、不適切な情報に触れたり、交流サイトなどを通した犯罪に巻き込まれたりしないかとの心配もある。リスク教育は「人生の先住民」である大人の役目だ。 乳幼児に「黙って遊んでいるから」と言って、安易にスマホやタブレットを与える時代になりつつあるといいます。子育てに、会話や肌のふれあいが減りつつあります。そんな子ども達は、どのように成長していくのでしょうか…。 「デジタルイミグラント(移民)」であるかもしれない保護者世代ですが、「人生の先住民」とは、うまい言い方だと思いました。ぜひ、私たち「人生の先住民」が、適切な接し方を伝える必要があると思います。 夏休みの「4大ディスプレイ」の接し方について、今一度、確認していただければ幸いです。 ABCを大切に2015.8.2 映画「ライト・スタッフ」その油井さんが「宇宙飛行士になろう」というきっかけになったというのが「映画『ライト・スタッフ』を見て」というもの。 今日はその「ライト・スタッフ」を家でじっくりと見ました。 映画は、1983年のアメリカ映画で、今から30年以上も前のもの。「193分」という長編に驚くのですが、「第56回アカデミー賞」で4部門を受賞した名作です。 1947年、テスト・パイロットのチャック・イェーガーが、音速の壁を破るところから物語は始まります。その後、速度記録はどんどん塗り替えられる中、ソ連のスプートニク1号打ち上げが成功したこと(スプートニク・ショック)を受け、NASAを創設すると、「マーキュリー計画」のため、各方面の精鋭パイロットから7人の宇宙飛行士(ザ・マーキュリー・セブン)が選ばれます。その中に、テスト・パイロットが数名選ばれるのです。 この「テスト・パイロット」から、「宇宙飛行士」になったというのが、「自衛隊のテスト・パイロットからJAXAの宇宙飛行士になった」油井さんのたどった道と重なるのです。 映画は、「フィクション」と「ノンフィクション」が織り交ぜられていますが、時代の流れは実話であり、夢を追いかける男達の姿、そしてその男達を思う家族、国家の威信など、様々な思いが描かれており、気付いてみれば「193分」が過ぎていたという、見応え十分な映画でした。 ちなみに、油井さんと言えば、小学校の卒業文集に「火星に行く」と書いたものの、防衛大学に入学し、航空自衛隊に入隊し、テスト・パイロットに。そんな中、映画「ライト・スタッフ」をレンタルビデオで借りて見たのが、再度、宇宙飛行士になる夢を追いかけ始めたというのです。競争率500倍という難関を突破したというのですから、そこにかける思いは並々ならぬものだったことでしょう。 油井さんの活動は、Twitterで知ることができます。これからの活動も興味深いところです。興味のある人は、Twitterを見てみては。 ■映画「ライト・スタッフ」−ウィキペディア ■油井亀美也Twitter 2015.8.1 教師力向上セミナー昨日の午後に、今年度第1回のセミナーが、江南市民文化会館にて行われ、本校からも4人の先生方が参加しました。 昨日のテーマは、「ユニバーサルデザイン授業」と「小中連携」について。 まず、「ユニバーサルデザイン授業」をテーマとした「『川下で溺れている子を救う』から『上流で泳ぎ方を教える』へ」と題した、支援の必要な子への対応方法については、様々なシチュエーションを想定して、具体的な方法を学ぶことができました。 また、「小中連携」をテーマとした講話は、昨年度まで研究実践を重ねてきた宮田中学校区の取組から、「なぜ連携が必要か」と言った話から、「連携するとどうなるか」という話を聞くことができました。 特に、若い先生方には、どちらも有益な情報を得ることができたと思います。 現在、各教育委員会では、こうした独自の研修の場が増えてきています。いかに「教師力向上」をめざし、「教育力」を高めるか、という視点でプログラムを構成しています。それは「子どもたちの力」を高めることに繋がるのですから、各教育委員会は、内容や講師の選定にも力が入ります。 長期休業中は、研修が数多くあるのですが、このような研修もあるのです。 |
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