最新更新日:2024/04/28
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日中は汗をかくようになってきました。水分をこまめにとりながら、学習や運動にしっかりととりくみましょう。

【校長日記】 金印

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福岡市博物館に来ています。
あまりの大きさにびっくりです。

目玉は、何といっても漢倭奴国王印(金印)。実物は、とても小さなものでした。

また、黒田節にも謡われている天下三名槍の「日本号 」もありました。
昨年の大河ドラマにも登場しましたね。

その他、博多・福岡との関連性の強い歴史的資料を見ることができました。

【校長日記】 富士塚の碑文−4−

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富士塚の碑文を紹介しています。
4回目は、西側の面です。

写真は見にくいかも知れませんが、見比べながらお読みください。

其後及從二位大納言源敬公封于尾州利豊優仕厚遇采邑如故利勝 者則其子也今黄門正三位襲封之後特選利勝爲令嗣從三位中將之 傅其世系如此其事實如此古曰祖考之嘉名美譽亦子孫之冕服墻宇 也利勝嚮無祖先之餘慶則豈得今日之庇蔭哉今無奉先之孝則世世 事業不垂於不朽也可謂追遠繼志者也嗚呼百行皆有本也本立而枝 繁葉密猶於後昆有所期祝焉詞既成且係之以銘

現代語訳です。

その後、従二位大納言源敬公(徳川義直)が尾州に封じられるにいたり、利豊はよく仕え、厚遇を受け、知行地は昔の通り、小折を与えられた。 利勝はその子に当たる。 ところで黄門[中納言]正三位中将(二代藩主光友)が家督を相続した後、特に利勝を選んで跡継の従三位中将(三代藩主綱誠)の守役とした。 それは家系やそれまでにあった事実が、上述の通りであったからである。 古からこういうではないか。遠い祖先のよい評判・栄誉は、子孫の地位や住まいである、と[『顔氏家訓』「名実」]。 先ず利勝に祖先の余慶が無ければ、どうして今日の立場が得られたであろうか。 今、祖先の祭祀を欠かさぬ孝がなければ、代々の重要な仕事も後世まで永く伝わらないであろう。 まさに先祖の徳を慕い、志を受け継ぐ者である。 ああ、あらゆる行いというものには、皆、本というものがある。 本がはっきり示されることで枝が繁り、葉で覆われるのである。 子孫の祝福を期待するのと同じことである。 ことばは既にできた。 併せてつなげて銘とする。

続きます。

出典は、(社)生駒屋敷 歴史文庫
 http://www.ikoma-yashiki.com/?page_id=75

【校長日記】 九州国立博物館

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九州国立博物館に来ています。

文化庁所管の独立行政法人で、東京国立博物館 、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立 博物館の4つしかないものの一つで、平成17 年に誕生しました。京都以来、108年ぶりの 新設です。

岡倉天心が発案してからも、100年以上後に 作られました。

他の3つが美術系博物館であるのに対して、こ こ九州は歴史系博物館。

そのために、私が特におすすめの博物館です。 「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える 博物館」を基本理念として、旧石器時代から幕 末までが展示されています。

また、アジア各地との文化交流を推進する役割 もあり、関係する展示も豊富です。

おすすめです。

【校長日記】 飛梅伝説

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飛梅伝説

道真公といえば飛梅伝説が有名です。 京の都を去る時に詠んだ「東風吹かば 匂ひを こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘 れそ」はあまりにも有名です。 その梅が、京の都から、一晩にして道真の住む 屋敷の庭へ飛んできたというのが飛梅 伝説。

わたしが、さだまさしの曲の中で、最も好きな のが「飛梅」です。

心字池にかかる 三つの赤い橋は一つ目が過去で 二つ目が現在 〜 登り詰めたらあとは 下るしかないと下る しかないと気付かなかった 天神さ まの細道

何というシビアな歌詞なのでしょう。

2番です。

あなたがもしも遠くへ行ってしまったら 私も 一夜で飛んでゆくと云った 忘れた のかい 飛梅

道真公の飛梅伝説に合わせています。

東風吹かば 東風吹かば 君は どこかで思い起こしてくれるだろうか

これも、道真公の詠んだ歌に合わせています。 さすが、さだまさし。本当に上手です。

【校長日記】 太宰府天満宮に来ています

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太宰府天満宮にやってきました。

生涯で、4回目かな? ご存じ、菅原道真公の御墓所ごぼしょの上に社 殿を造り、御神霊をお祀りしている神 社です。 菅原道真公にあやかって、「学問の神様」とし て広く知れ渡っています。 また、「天神さま」として、天満宮、菅原神社 、天神社として、日本全国に分布して います。 江南市にも、北野天神社がありますが、道真公 をお祀りしています。

道真公は、承和12年(845)に京都で生まれ、幼少 期より学問の才能を発揮し、努力を 重ねて、一流の学者・政治家・文人として活躍 しました。 しかし、藤原時平との政争に敗れて京都から大 宰府に流され、延喜3年(903)2月25 日、道真公は大宰府政庁の南館(現在の榎社) で亡くなりました。

昨年亡くなった、菅原文太さんの葬儀は、太宰 府天満宮祖霊殿で執り行われました。 同じ、菅原姓だからでしょうか。

【校長日記】 富士塚の碑文 −3−

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富士塚の碑文を紹介しています。
3回目は、正面から見て左側の面です。
写真と見比べながらお読みください。

雄之命守勢州長嶋城嫡子因幡守利豊年幼庶兄右近善長在家拜迎 之世以爲栄 神君自小折村登冨士塚察視敵境而歸小牧遂成和議同十八年信雄 左遷家長亦身老閑居利豊應秀吉之命仕關白豊臣秀次叙從五品慶 長五年關原之役利豊属左衛門大夫福嶋正則自獲首級同年 神君一統闔國貴胤從三位薩摩守源公領尾張國利豊亦依命属從之

現代語訳です。

この時、家長は信雄の命令で勢州長島城を守っていた。 嫡子利豊は幼く、庶兄右近善長が家に在って両人をお迎えした。 [これは]代々の栄誉である。 神君(徳川家康)は小折村から冨士塚に登り、前線を視察して小牧へ帰られた。 その後、和議が成った。 同十八年、信雄は左遷された。 家長もまた年老いて隠居した。 利豊は秀吉の命令にしたがい関白豊臣秀次に仕え、従五品に叙された。 慶長五[一六〇〇]年、関ヶ原の役では利豊は福島左衛門大夫正則に属し、自ら首級を獲った。 同年、神君が全国を統一し、高貴な血筋の従三位薩摩守源公(松平忠吉)が尾張国を領有した。 利豊もまた命令によって彼に従うことになった。

※ 「富士塚」は「冨士塚」と碑文には書かれています。
 一般には「富士塚」と書きますので、タイトルは「富士塚」を用いています。

続きます。

出典は、(社)生駒屋敷 歴史文庫
 http://www.ikoma-yashiki.com/?page_id=75

【校長日記】 気をつけて!

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今朝のマラソンあいさつ運動(マラソンパトロール)は、小折東白山から小折東、小折中、南山、本町と、6.8キロメートルをまわりました。

上の写真が小折東白山の南端です。
結構な距離がありました。
その南は一宮市千秋になります。


中の写真は、以前にも紹介しましたが、五差路の東の横断歩道です。
朝の東行きは大渋滞。
西行きも、交通量はかなり多くあります。
ここを横断して登校します。

特に、下校時には気をつけてください。


写真下は、本町の横断です。
紫陽花が見送ってくれました。

【校長日記】 富士塚の碑文−2−

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富士塚の碑文を紹介しています。
2回目は、前回の続きで、正面から見て右側の面です。
写真と見比べながらお読みください。

有聲聞其次加賀守豊政其次藏人家宗其次八右衛門尉家長相繼爲 國士右大臣織田信長娶家宗之女生二男一女其長則秋田城介信忠 其次則内大臣信雄也其女嫁岡崎三郎源信康由是信長於家長亦眷 遇不謭天正十二年信雄與相國豊臣秀吉有隙信雄通志於 東照大神君議軍事 神君入尾州屯兵于小牧山與信雄共赴小折村到家長宅時家長承信

「東照大神君」は徳川家康のことです。

現代語訳です。

文明年中[一四六九〜八七]、世間の評判がとても良かった。その次は加賀守豊政、その次は蔵人家宗、その次は八右衛門尉家長と、相継いで国士であった。 右大臣織田信長は家宗の娘を娶り、二男一女をもうけた。その長は秋田城介信忠、次は内大臣信雄である。 娘は岡崎三郎信康に嫁いだ。これにより信長は家長をことに手厚くもてなした。 天正十二[一五八四]年、信雄と相国[太政大臣]豊臣秀吉との間に争いがおこった。 信雄は東照大神君(徳川家康)に志を通じて戦について相談した。 神君(家康)は尾州に入り小牧山に兵を駐屯させた。 信雄と共に小折村に赴き、家長の屋敷に到着した。

「家宗の娘」が吉乃のことです。

娘・徳姫が、家康の長男 信康に嫁ぐなど、家康との関係の濃さがわかります。

続きます。

 出典は、(社)生駒屋敷 歴史文庫
 http://www.ikoma-yashiki.com/?page_id=75 

【校長日記】 富士塚の碑文−1−

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富士塚の碑文を紹介します。

東側の側面から始まります。
写真と見比べてみてください。

尾張國小折村冨士塚碑誌并銘 天地者生之本也先祖者類之本也孝子慈孫不可不知其本也尾張國 士生駒主計利勝爲其祖建碑于小折村冨士塚而欲著其功述其慶揚 其名聊記履歴以請詞于余余感其不忘本之志也其家傳曰在昔忠仁 公建山荘于和州生駒郷而其末流生生居焉遂以生駒爲氏也其後裔 移居尾州領小折村左京進生駒家廣者利勝六世之祖也文明年中頗

[現代語訳]
尾張国小折村冨士塚碑誌および銘 天地は生の、また先祖は一族の本、つまり根源である。 孝心に富んだ子孫は、その根源を知らなければならない。 尾張国士 生駒利勝は、その祖先のために小折村冨士塚に碑を建て、その功績を書きつけ、その慶び述べ、その名声を世にあわらそうとした。 [そのため]とりあえず履歴を記し、余[林信篤]に撰文を求めてきた。 余は、その根源を忘れない志に感じ入った。 その家伝に言うには、昔、忠仁公 藤原良房が山荘を和州(大和国)生駒郷に建て、その子孫がつぎつぎにそこに住んだ。 それで生駒を氏とした。後裔は尾州に居を移し、小折村を領有した。 左京進 生駒家広は利勝より六代前の先祖である。

続きます。

出典は、(社)生駒屋敷 歴史文庫
 http://www.ikoma-yashiki.com/?page_id=75

【校長日記】 富士塚が紹介されました−1−

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今朝の中日新聞に、校区にある富士塚が紹介されていました。(写真上)

江南郷土史研究会の紹介の中で取り上げられたものです。

富士塚については以前に紹介しましたが、生駒氏の功績を述べた文が書かれた碑です。
前方後円墳の上に建てられました。
下の写真は、今朝撮影したものです。

次に、碑の文を紹介します。

【校長日記】 地域の教育力に感謝!

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「これぞ地域の教育力!」と感じたことがありました。

布袋小の児童が、公園の施設を汚してしまったことがありました。

しかし、地域のみなさんのお力で、きれいに再生していただきました。

これには、汚した本人やご家族も参加してくれました。
また、多くの友達も手伝ってくれました。

汚してしまった子は、きっと心に負担感があったと思います。
しかし、この作業を通して、心もきれいになったのです。

また、手伝ってくれた友達も、きっと公園を大切に使うようになると思いました。

これこそ机上では学べない、本当の教育です。

地域の教育力に、感謝いたします。

ありがとうございました。


【校長日記】 自習を見れば学習姿勢がわかる

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私は、昨年まで6年間、多くの学校を見る立場にありました。

私が授業を見る最大のポイントは、全員が教師、または話をしている人を見ているかです。

簡単に言うと、全員が集中しているかということなのです。

そしてもう一つ。

自習の様子です。

自習の様子を見れば、学習に対する姿勢が見えるのです。

中には、係の児童・生徒が授業(のようなこと)をする学校もありますが、そこまでは問いません。
1人1人が、課題に対して、ひたむきに取り組んでいればよいのです。

それは、日頃から、課題に対して前向きに取り組んでいるかどうかで決まってきます。
毎日の積み重ねが、そうした姿勢を作るのです。

写真は、今日の5時間目の自習の様子です。

どの学級もがんばっていました。

【校長日記】  ゴミを減らしましょう!

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今日は、江南市廃棄物減量等推進協議会へ出席しました。
校長会の代表として、推進協議会に委嘱されているからです。

市の会議にはいろいろと出席してきましたが、これほど委員から意見の出る会議はそんなにはありません。
それぐらい、委員のゴミ減量に対する意識の高さを感じました。

私も改めて思いました。
ゴミは、集めるのも処分するのも税金だということを・・・。

ゴミを減らせば、その分税金が浮き、別の使い道ができるのです。(理屈の上では・・・)

江南市民が、1人1日あたりに排出する可燃ゴミは、397g。(H26年度)
愛知県の平均は479g(H25年度)なので、江南市民はかなりがんばっているといえます。

昨年まで勤務していた名古屋市では、CDでもビデオテープでも、すべて可燃ゴミでした。(中図参照)
出典 http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/5-6-17-0-0-0-0-0-0-0.html

これに対して、江南市の可燃ゴミは下の図です。
出典は
http://www.city.konan.lg.jp/kankyou/gomi_genryo/pdf/gomi_dasikata_siori.pdf

もっとも、分別した後どうするかに課題が残りますが・・・。

土に返せるものは、できるだけ土に返す。
余分なゴミを出さない。
これを意識することですね・・・

【校長日記】 AEDは何のためにするの?

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昨日、消防署の方をお招きし、救命救急法の実習を行いました。
内容は、心臓マッサージとAEDの使い方です。
毎年行っているものですが、新たな発見がありました。

発見1
 
人工呼吸より心臓マッサージ 
過去に行っていた人工呼吸の実習はもう行いません。

次の記事をご覧ください。
最近の研究では、成人の場合、一般の人が心臓マッサージと人工呼吸の両方を行った場合の救命率よりも、心臓マッサージだけを行ったときの救命率のほうが同じかやや高いことや、心臓マッサージによって心室の細胞が元気になり、AEDが効きやすくなることなども明らかにされています。
 http://www.jhf.or.jp/aed/massage.html より

人工呼吸は感染症が伝染する可能性もありますが、心臓マッサージのみでも酸素を送ることができるのです。

発見2

AEDは心臓を止めるためにある 

こう書くと驚かれるかも知れません。

人が倒れて意識を失った場合、心臓が「心室細動」という不整脈を起こしている可能性があります。
心室細動の間は、血液が全身に送られず、死に至る可能性が高いのです。
AED(自動体外式除細動器)は、心臓を正常に動かすというよりは、むしろ、「心室細動」を電気ショックにより止めるためにあるのです。
だからこそ、心臓マッサージとセットになるのです。

もちろん、AEDのみで、心室細動が止まり、正常に戻ることもありますが、戻るかどうかはわかりません。

それよりも、心臓マッサージがメインで、心室細動を止めるためにAEDを使うと考えた方がよいのです。

参考 日本心臓財団 http://www.jhf.or.jp/aed/saido.html

【校長日記】 音楽・体育・図工を大切に・・・

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共同通信が、高齢の独居男性幸薄い、内閣府 「幸福」女性の半分という記事を配信しました。

内閣府調査です。

 上の記事の出典は、http://www.excite.co.jp/News/society_g/20150521/Kyodo_BR_MN2015052101001435.html

 「1人暮らしの高齢者で、自身が幸福だと感じている男性は女性の半分―。」

わかる気がします。

「生涯学習力」という言葉があるとするなら、女性の方が男性よりはるかに高いと思うからです。

行政が行う生涯学習講座、民間のカルチャー講座に参加する人の大半は女性です。

高齢者でも同様です。

「自分が幸福」と感じるためには、日々の生活の充実度が関係します。
簡単に言えば、教養があり、趣味が多い人ほど人生が豊かになるのです。

その観点で言うと、例えば、「算数」がどんな生涯学習につながるかというと・・・、余り思い当たりません。

その一方、「体育」は生涯スポーツにつながります。
「音楽」は、コーラスや楽器、カラオケを楽しみ人は数多くいます。
「図工」も、絵を描いたり、鑑賞したりする人も多くいます。

もちろん、生きる力のためには国語や算数は重要です。

ただ、人生を豊かにするためには、音楽・体育・図工も大切なのです。


義務教育は、生涯学習の基礎作りです。

保護者の皆さんも、趣味の幅を広げるつもりで、お子さんの音楽や体育、図工で何を学習しているのかご覧ください。

【校長日記】 朝の渋滞 〜待たれる鉄道高架〜

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朝のマラソンパトロール(マラソンあいさつ運動)をしていて痛感するのが、自動車の渋滞です。

上の写真が、小郷の歩道橋から見た国道の様子です。(7時51分撮影)

青信号でも進まない状況です。

そのために、布袋町内の踏切に通じる道は、どこも抜け道となっています。

写真中央は、岩田燃料から松岩禅寺に至る道路です。

写真下は、木賀の布袋郵便局前の道路です。

その他、三ツ口建設から尾北高校へ通じる細い道も抜け道となっており、車の横を小学生が歩いているのを見かけます。

現在工事が行われている鉄道高架事業が完成すれば緩和すると思われますが、それまでの間も毎日通学しますので、注意が必要です。

また、布袋様ロードは、布袋駅へ送る車が、電車の発車時刻に間に合うように、スピードを出して通ります。

何らかの対策が必要となるかもしれません。

昨日、大阪府豊中市で、登校中の小学生の列に乗用車が突っ込み、男児5人が負傷しました。
布袋小では、多くの方に見守っていただいていますが、児童1人1人にも自分を守る意識が必要です。


【校長日記】 掃除は日本の教育文化

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本校の生活の約束「みそあじは」の「そ」が「掃除」です。

学校で子どもが掃除するのは、実は当たり前ではありません。

少し古い資料ですが、世界105ヶ国を調べた結果を予想してみましょう。

児童や生徒が掃除をする国は、何%ぐらいあるのでしょうか?
答えはこちら!

【校長日記】 講演「子どもを取り巻く環境と心の健康」−3−

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 昨日の続きです。
 
愛知県教育委員会委員 松本 真理子先生の 「子どもを取り巻く環境と心の健康」と題する記念講演の様子をお知らせしています。

あなたは、上の絵を見て何に見えますか?

 人に見える? 人に見えない?

 それが、心の健康にどう関係があるの?

 模様が人に見えることを、 人間反応 といいます。

いくつかのある模様を見せて、「人間のように見える」と一つでも答えた子の割合を過去と現代を比べてみましょう。

驚きの事実はこの後・・・ 

詳細はこちら!

【校長日記】 講演「子どもを取り巻く環境と心の健康」−2−

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 間が空いてしまいましたが、5月13日の続きです。

 愛知県教育委員会委員 松本 真理子先生の 「子どもを取り巻く環境と心の健康」と題する記念講演の様子をお知らせしています。

前回、今の日本の子どもたちは、昔の子どもたちと比べて、ロールシャッハ・テストへの反応時間が速いということを書きました。

 次に、10枚の図版を見たときの回答数を比較してみましょう。

 結論は、下の上図のようになりました。
 現代の子は、昔の子に比べて明らかに数が少ないのです。
 視覚情報にあふれすぎている現代には、想像力がなくなってきているのかもしれません。
 そしてもう一つ。

 ロールシャッハ・テストでは、全体を見て答える子と、一部を見て答える子とがいます。(中央写真)

 全体を見て答える子の割合を昔と今で比べてみましょう。

 それが下の写真です。

 今の子は、全体を見て答える子の割合が高いのです。

 ここまでをまとめると、次のようになります。

今の子は昔の子に比べて、

短時間で全体を見て判断する。

反応総数が減少している。
 

 次回に続きます。

※ なお、ここで紹介したスライドは、松本先生ご本人から掲載許可をいただいています。 

【校長日記】 応仁の乱で燃えなかった建物は?

修学旅行中継で、「応仁の乱で唯一燃えなかった建物は?」という話題が出ました。

私が乗車したタクシーの運転手が「私なら、清水寺や金閣寺ではなく、応仁の乱で唯一燃えなかった○○寺へ案内しますよ。」といわれたのです。

運転手さんおすすめの○○寺はどこでしょう?

答えはこちら!
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6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
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