日中は汗ばむ季節となってきました。水分をこまめにとりながら、戸外での活動では暑さに十分気をつけて、学習や運動にしっかりととりくみましょう。

一宮インターに入りました

画像1 画像1
最高の天気です。

3.4号車です

画像1 画像1
画像2 画像2
139名、全員で行ってきます!

行ってきます

画像1 画像1
画像2 画像2
1.2号車です。

修学旅行のバスが到着しました

画像1 画像1
2日間お世話になります。

今日の朝礼は・・・

画像1 画像1
画像2 画像2
今日の朝礼の様子を紹介します。

2月に紹介した「ふわふわ言葉」。

登校時に、高学年児童が低学年児童に「ふわふわ言葉」を使っている場面をよく見かけるようになりました。
1年生が入学したので、あらためて「ふわふわ言葉」「ちくちく言葉」を確認しました。

「ふわふわ言葉」は、「人の心をやさしくする言葉」です。
「ちくちく言葉」は、「人の心を傷つける言葉」です。

どちらの言葉か、指で示してもらいました。

「すてきだね」「がんばっているね」「さすが」「ありがとう」「やさしいね」がふわふわ言葉。
「うざい」「だまれ」「きもい」「ばか」がちくちく言葉。
みんな正解でした。

しかし、実際には、悪気がなくても、つい癖で言葉に出してしまう子がいます。
そのようなときには、「それはちくちく言葉よ」とやさしく教えてあげてください。
そのときに、「そうか、教えてくれてありがとう」と言えたらすてきです。

私がもっともきらいなちくちく言葉は「死ね」。
「布袋小学校から、この言葉を永遠になくしましょう」と訴えました。

最後に、5月の中旬からお世話になる養護教諭の大屋先生を紹介しました。

大屋先生、よろしくお願いします。

江南高等学校吹奏楽部 定期演奏会

画像1 画像1
画像2 画像2
江南高等学校吹奏楽部の第12回 定期演奏会へ行ってきました。

といっても、第2部シンフォニックステージ のみですが、この第2部が最も実力がわかるところです。

江南高等学校は、この定期演奏会を行うようになってから、めきめき腕を上げてきました。
ちょうど、太田先生が赴任してからのことです。

私は、太田先生の高校生時代に、いっしょに演奏をしたことがあり、当時のことはよく覚えています。

ほぼ毎年のように定期演奏会には顔を出しているのですが、今回が、最もレベルが高いのではないかと思いました。

バンドの成長と共に、会場の聴衆も毎年増え続けています。

この夏のコンクールがますます楽しみになってきました。

ブログ「あなたも社楽人」では、もう少し詳しく解説します。

フラワーパーク江南へ行ってきました

画像1 画像1
トレーニング(といってもロードバイクですが)の途中で、フラワーパーク江南へ立ち寄りました。

今朝の新聞に紹介されたためか、多くの人が訪れていました。

ポピーもとてもきれいでした。

近くにこのような公園があり、とてもありがたいことです。
画像2 画像2

今日はこどもの日−お母さんに感謝

画像1 画像1
今日、5月5日は「こどもの日」 です。

5月5日は、五節句 の一つである「端午の節句」です。

五節句の「節」というのは、唐時代の中国の暦法で定められた季節の変わり目のことです。
人日(じんじつ。正月七日)
上巳(じょうし。三月三日)
端午(五月五日)
七夕(七月七日)
重陽(ちょうよう。九月九日} が五節句です。

端午の節句は「男の子の健全な成長を祝う日」でしたが、1948年に定められた国民の祝日法によって「こどもの日」として広く親しまれるようになりました。

祝日法では、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」 ことを趣旨としています。

こどもの幸福を願うとともに、これまで育ててくれた「お母さん」に感謝をする日でもあるのですね。

少し複雑です・・・・。

今日はみどりの日

画像1 画像1
今日、5月4日は「みどりの日」 です。

かつて、1989年(平成元年)から2006年(平成18年)までは、「4月29日」がみどりの日 でした。

もともと「4月29日」は、「昭和天皇の誕生日」 でした。

現在の「天皇誕生日」は「12月23日」ですね。

1989年(昭和64年)1月7日に昭和天皇が崩御されると、「みどりの日」という祝日に改められました。

2007年には、それまで「国民の休日」だった5月4日に「みどりの日」になりました。

4月29日は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」という趣旨で、「昭和の日」になりました。

「国民の祝日に関する法律」によれば、「みどりの日」は「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことを趣旨としています。

昭和天皇は植物学者であり、自然をこよなく愛したことから『緑』にちなんだ名になりました。

皇太子さまの誕生日2月23日は天皇誕生日になる予定です。

平成天皇が退位されると、今の天皇誕生日12月23日はどうなるのでしょうか?

江南藤まつり 第19回嫁見まつり

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
今日は曼陀羅寺で、江南藤まつり 第19回嫁見まつり が開催されました。

まずは春明太鼓。いつも会場を盛り上げてくれます。

そして、テレビ局が待ち構える中、2組の嫁見まつりが始まりました。

嫁見まつりとは、過去1年間に結婚したこの地方一帯の新婦が、姑に伴われて、婚礼当時そのままの姿で曼陀羅寺に訪れるもので、毎年旧正月25日に行われていました。

「飛保の25日」は、かつては学校も午後から休みになり、見世物小屋も出るほどの賑わいを見せたそうです。
周辺では、「飛保の曼陀羅寺の嫁見まつり」と知られ、花嫁らは多くの人から祝福を受けました。

この古き良き文化の「嫁見まつり」を再現しようと、19年前から藤まつりの中で毎年5月3日に行っています。

藤は終わりましたが、修造院の黄色い藤、シャクナゲやシャクヤクはきれいに咲いていました。

憲法記念日の社説クイズ

「複数の新聞に目を通す」ことは、社会科教師の鉄則です。

新聞社としての立ち位置が異なるので、特定の新聞だけ読んでいては視野が狭くなるからです。
その意味では、今日、憲法記念日の社説 は絶好の教材です。

それでは、クイズにしてみましょう。

次のタイトルは、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞、中日(東京)新聞 の社説です。

それぞれ、どの新聞社かを予想してみてください。

A:憲法施行71年 「9条」では国民守れない 平和構築へ自衛隊明記せよ

B:平和主義の「卵」を守れ 憲法記念日

C:安倍政権と憲法 改憲を語る資格あるのか

D:引き継ぐべき憲法秩序 首相権力の統制が先決だ

E:憲法記念日 自衛隊違憲論の払拭を図れ

F:改憲の実現にはまず環境整備を

考えてみてください。
答えはこちら!

今日は憲法記念日

画像1 画像1
今日、5月3日は「憲法記念日」 です。

1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法が施行されると、翌年の1948年(昭和23年)に、新たな国にふさわしい祝日を定めるため、「国民の祝日に関する法律」案が審議され、「5月3日」を憲法記念日としました。

今日から「4連休」!

充実した連休をお過ごしください。

KTXアリーナでトレーニングをしてきました

画像1 画像1
昨日の夜、KTXアリーナ でトレーニングをしてきました。

1回券は500円。自販機で購入します。
ロッカールームは、暗証番号の登録式。番号と共に、どのロッカーに入れたのかを忘れてはいけません。

写真は見学会のものですが、ここに写っている筋トレマシンを全種類、インストラクター付きで体験してきました。

入っている業者さんは一宮市総合体育館と同じハマダスポーツなので、同じ機種も多く、わかりやすかったのですが・・・。

今までいかにいい加減にやっていたかがわかりました。

負荷は軽くても、ゆっくり、正しい姿勢で行うと、7,8回もやれば汗が出てきて、その筋肉が震えてきました。

まだ認知度が低く、空いているので、ぜひお出かけください。

バスケット教室などに来ていたほてっこや保護者の方ともお会いしました。

明日も行きます!


KTXアリーナ(江南市スポーツセンター)見学会

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
今日行われたKTXアリーナ(江南市スポーツセンター)見学会へ行ってきました。

上が外観です。
ガラスを多く使った、透明感のあるデザインです。

中央がトレーニングルームです。
明日からは写真撮影が禁止になるので、マシンの種類を見るには貴重な写真です。
隣にはフィットネススタジオがありました。

下がその他の室内です。
アリーナの周囲のランニングコースは地面が固いので、クッション性の高い靴がお薦めです。
更衣室、シャワールーム、トイレの写真もあります。

私は、トレーニングルームを利用したいと思います。

曼陀羅寺 宝物拝観へ行ってきました

画像1 画像1
画像2 画像2
昨日から始まった曼陀羅寺 宝物拝観へ行ってきました。

曼陀羅寺にはたくさんの宝物があります。

かつては国宝と言われた時期もある重要文化財(国指定)の銅鐘や絹本著色浄土五祖像。
県指定有形文化財の浄土変相当麻曼荼羅図。
市指定文化財の織田信雄禁制、絹本著色三尊弥陀来迎図 など多数あります。

なかでも、平成22年に見つかった胎内仏は貴重です。
曼陀羅堂の曼陀羅図の両脇にある観音菩薩、勢至菩薩の中から見つかりました。
胎内仏としては全国最大レベル。
市指定から始まって、県・国へとステップアップしていけそうな逸材です。

しかし、今日見たかったのはこれではありません。
4月26日に中日新聞で紹介された曼陀羅寺の境内図です。

※ 撮影が禁止されていたため、上の写真は新聞の拡大です。

小田切春江の絵を多色刷りで刷ったものです。

白黒版は見たことがあるのですが、これは初めてでした。

現在8つある塔頭は、かつては13ありました。
濃尾大地震等で倒壊し、5つは廃寺となってしまいました。

被災後に造った屋根頂上の「箱棟(はこむね)」と呼ばれる部分の木材に、被害の様子が書き残されており、その箱棟も見ることができました。

「塔頭」は、禅宗に多い脇寺のことで、それぞれ独立した寺院です。

妙心寺は40あまり、大徳寺では20あまりの塔頭があります。

大徳寺で20あまりとなると、曼陀羅寺の13は、かなりの大きなお寺であることがわかります。

こども武将隊

画像1 画像1
画像2 画像2
今日の江南藤まつりの様子です。

すいとぴあこども武将隊が、行列をし、勝どきをあげていました。

多くの人が訪れていました。

教師力アップセミナー

画像1 画像1
画像2 画像2
昨日は、大口中学校で、今年度最初の教師力アップセミナーを開催しました。
各地から、多くの人が集まってくださいました。

講師は、学級経営の第一人者、赤坂 真二(上越教育大学教職大学院教授)先生です。

以前にも、布袋北小学校が研究指定校の頃にお世話になりました。
このセミナーでも2回目の登場です。

今回は、アドラー心理学の「勇気づけ」ではなく、学級経営と授業のお話でした。

その結論は至ってシンプル。
布袋小学校でもやっていること、やろうとしていることばかりです。

職員がチームを組んで、実践していきます。

江南市縁の7人の戦国武将−1− 浅野長政

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
曼陀羅寺で行われている江南藤まつりの中で、江南市縁の7人の戦国武将展 が開かれています。

その7人を、私見を交えて順に紹介していきます。

シリーズ第1弾は浅野長政です。
事実と違うこともあるかもしれません、その時はご教示ください。

筆頭五奉行・浅野長政は、天文13年(1544年)丹羽郡宮後村宮後城〔蜂須質屋敷〕安井家で生まれました。父は、宮後城主・安井重継

宮後城は現在の江南市宮後町で、古知野中学校を東に向かったところです。
※ 写真の浅野長政像は東京大学史料編纂所蔵のものです。 

安井家は、蜂須賀小六の母の実家です。

この後、織田信長の家臣で、叔父の浅野長勝の娘と結婚し、婿養子となります。
この浅野長勝は、秀吉の妻・ねねの養父。

すなわち、ねねと長政は義理の姉・弟(妹・兄説もあり)なのです。
当然のように、秀吉にかわいがられます。

1573年、27歳の時には浅井・朝倉攻めに従軍し、秀吉が長浜城主になると、近江国内に120石を与えられます。

その10年後には、賤ヶ岳の戦に従軍し、近江・坂本城主として2万石を与えられました。
この「坂本」は、坂本龍馬の祖先の出身地といわれています。

さらに4年後には、若狭国一国(8万石)城主となります。

京都奉行として京都の治安を維持したり、太閤検地を担当したりと要職をこなしていきます。
小牧・長久手の合戦の後には、徳川家康との和解に奔走し、外交面でも優れた手腕を見せています。

これは、のちにも影響をします。

1590年、秀吉が全国統一した小田原城攻め、奥州仕置でも陸奥国岩代へ出陣します。
さらに、朝鮮出兵(文禄の役・慶長の役)でも軍監として従軍します。
活躍が認められ、甲斐国 22万5千石を与えられています。

1598年には、五奉行 筆頭になっています。

五奉行とは、豊臣秀吉が晩年設置した職制で、前田玄以・浅野長政・増田長盛・石田三成・長束正家 の5人。
いわゆる文治派で、これが関ヶ原の戦いの遠因になります。
※ このことは後日紹介します。


豊臣秀吉死没後は、かねてより友好関係にあった徳川家康に接近します。
1599年、関ヶ原の戦の直前には、前田利長らとともに家康から暗殺の嫌疑をかけられて甲斐国に謹慎を命じられました。

これは、増田長盛が政敵である長政の失脚を狙ってのものですが、実力者である長政を石田三成ら奉行衆から引き離すための家康の謀略だったという説もあります。
家康なら、十分あり得ることでしょう。

隠居し、家督を子の浅野幸長に譲ります。
関ヶ原の戦では東軍に属し、戦後は子の浅野幸長が紀伊国和歌山37万石を拝領し、和歌山城主になります。

長政は、隠居料として常陸真壁に5万石を支給されましたが、1611年、64歳で江戸で亡くなりました。

死没後、常陸真壁の5万石は三男の浅野長重が継承しました。
赤穂浪士の主君・浅野内匠頭はそのひ孫です。


一宮の浅野公園は、尾張浅野氏発祥の地です。
浅野長勝やその子長政の屋敷があったと伝えられており、庭園式公園として整備されました。
広さは約9200平方メートル、公園の周りは堀で囲まれ、木々がたくさん植えられています。
 http://www.petile.com/odekake/asano-c.html 

wikipediaによると

かつての名古屋鉄道一宮線浅野駅が最寄駅であった。元広島藩藩主浅野長勲が先祖である浅野長政旧邸跡を訪れる際、数回にわたり、押切町駅より最寄駅である浅野駅まで臨時列車が運行されたという。この際には、大正天皇のお召し列車用車両として製作された貴賓車SC1形・SC2形が使用された。


ディープな話です。

明日は、蜂須賀家政です。

今朝の曼陀羅寺

画像1 画像1
今朝(4月28日)、朝6時10分頃の曼陀羅寺の様子です。

野田白藤が花びらが落ち始めました。

これで、最も遅咲きの藤も終わっていきます。

シャクナゲが見頃です。

曼陀羅寺境内図カラー版

画像1 画像1
今朝の中日新聞に、明治期の曼陀羅寺境内図 カラー版が公開されるという記事が載っていました。
白黒版は知っていましたが、カラー版があるのは初めて知りました。
小田切 春江の原画なのかな?

実物を見て確かめます。

小田切 春江は、江戸から明治にかけての浮世絵師、画家です。
あの『尾張名所圖會』の挿絵を描いたことでも知られています。
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
学校行事
7/2 クラブ4
7/3 ALT
7/6 ALT

PTA

その他

ほけんだより

道徳教育の歩み

江南市立布袋小学校
〒483-8148
江南市布袋下山町南167
TEL:0587-56-3200
FAX:0587-56-3421