最新更新日:2024/04/28
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日中は汗をかくようになってきました。水分をこまめにとりながら、学習や運動にしっかりととりくみましょう。

【校長日記】 歴史研究所

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知的なサイトを紹介しています。

浦辺研究所というすごいサイトがあります。
あまりにもすごいので、分割して紹介します。
歴史研究所はその中でも特に情報量が多いサイトです。

この中の日本史だけでも素晴らしい。
ぜひご覧ください。

ここから http://www.uraken.net/rekishi/reki.html

布袋スポーツ少年団 卒団式 1部

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昨日は、体育館で布袋スポーツ少年団 卒団式が開かれました。

その様子を紹介します。

まずは、1部の様子です。

春分の日

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今日は、春分の日。日本の国民の祝日の一つです。

「昼と夜の長さが同じになる。」といわれますが、実際は昼の方が夜よりも平均14分ほど長くなります。

国民の祝日に関する法律では「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」となっています。

今日は、日中18度まで上がる予報です。

外へ出て、たくさんの春を見つけてください。

【校長日記】 恋ダンスの元は?

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今日は、ある幼児教室のお別れ会に、ボランティアでお手伝いをしてきました。
お手伝いとは、劇に出演することで、「三匹の子豚」のオオカミ役。最後に「恋ダンス」を踊りました。

6年生との会食会で、多くの女子が「恋ダンスは踊れます」と言っていましたが、実際にやってみるととても楽しい踊りでした。

ただ、社会科教師の習性で、動きの意味 を考えてしまうのです。

「恋ダンス」をご存じの方はおわかりだと思いますが、あの型、手の動きは、アラビアの踊り、ヒンズー教、仏教を思い起こします。

右上の写真は、あるバレエスタジオの「アラビアの踊り」
 出典 http://www.kato-ballet.jp/29th/29th.htm

「恋ダンス」と似ていますよね。
今流行しているベリーダンスの原型です。

左下はヒンズー教の神像です。
カンボジアで踊りを見ましたが、基本的に神像のような動きをしていました。

不勉強で、アラビアの踊りとヒンズー教、さらにはカンボジアの踊りの関係を調べていませんが、とてもよく似ています。

右下は、アンコール遺跡 で私が撮影したものです。

アンコール遺跡は、現在のカンボジア王国の元となったクメール王朝の首都の跡ですが、前期の王はヒンドゥー教で、シヴァ神を信仰していました。
しかし後期には、仏教、観音菩薩を信仰します。

この写真を見ても、ヒンズー教と仏教の両方の影響が読み取れます。

振り付けのMIKIKOさんが、実際に何を意図したかはわかりませんが、どなたか振り付けの意図をご存じの方がいましたら、ぜひ教えてください。

【校長日記】 第70回卒業式 式辞 (一部抜粋)

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本日の卒業式での式辞を一部抜粋して紹介します。

※ 本番はアドリブもあり、若干の違いがあります。

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( 前 略 )

 皆さんは、この六年間、勉強や運動にはげみ、心と体を鍛えてきました。特に、皆さんのこの2年間の活躍から多くの感動をもらいました。

 団結力を示した野外学習キャンプファイヤー、力と技で会場一杯の拍手と歓声を浴びた運動会、素晴らしい成績をおさめた陸上記録会、下級生を思いやり、最上級生としての自覚をもって活動した委員会や登下校など、どの場面をとっても、まじめに、精一杯取り組んだ姿が目に浮かんできます。皆さんの成長に、心から賞賛の拍手を送りたいと思います。

( BGM )

 なかでも、私の心に特に深く残っているのが、ほてっこ発表会でみなさんが演じた「六千人の命のビザ 杉原千畝物語」です。 

( 間 )

 この曲は、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「シンドラーのリスト」のテーマ曲です。
 この映画は、オスカー・シンドラーが千二百人以上のユダヤ人を、自身が経営する工場で雇い入れ、命を救った実話です。最後には、ユダヤ人を救うために全財産を使いました。ユダヤ人であるスピルバーグ監督は、シンドラーに感謝の気持ちを込めてこの映画を作ったのだと思います。みなさんが演じた杉原千畝は、「東洋のシンドラー」とも言われていますが、そのシンドラーとは、このオスカー・シンドラーのことです。
 シンドラー、そして千畝。共に、家族や自分の安全、立場を脅かされながらも、自分の信念を最後まで貫き通し、その結果、多くの命を救いました。皆さんは、千畝の心を理解して、劇の中で彼の生き方を立派に演じきり、そのすばらしさを表現してくれました。

 みなさんは4月から中学生になります。中学校は、子どもが大人に近づくところ。職場体験や働く人の話を聞く会などの行事の中で、多くの大人と出会います。社会科や道徳の授業の中でも、多くの偉人を学びます。そうして数々の生き方に触れることができます。
 最後の朝礼で、私のあこがれとして、伊能忠敬の生き方を紹介しました。忠敬は、子どもの頃からの夢を持ち続け、仕事を引退してから勉強を始めて、精密な日本地図をつくりました。

 みなさんも、いろいろな人と会い、いろいろな本を読み、学習する中で、自分に合ったあこがれの人を探してください。自分に合うと言うことは、自分のことを知らなければなりません。自分は何に向いているのか、何をしたいのかなど、自分自身を見つめて、夢と希望を膨らませていってください。
 そしてゆくゆくは、シンドラーや千畝、スピルバーグ監督、伊能忠敬のような、自分の信念をもち、なおかつ、それが人に愛され、よりよい社会づくりにつながるような人になってくれたらと思います。
 
( 後 略 )

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教育基本法 第1条 に次のようにあります。
「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。 」

今回は、この条文を意識して、キャリア教育の視点を加味して、子どもたちへ私のメッセージを伝えました。

うまく伝われば幸いです。

今日、槇の木賞を授与します。

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どの学校にもシンボルツリーはあるようですが、布袋小学校のシンボルツリーは槇の木です。

樹齢は分かりませんが、戦前からあったのは確かです。

上の写真は講堂が写っています。
講堂の位置は、今の体育館と同じ場所にありました。
その下に、北舎、南舎が建てられたのです。
写っている2本の木のどちらかが槇の木です。


中央の写真は、1984年(昭和59年)3月に卒業した児童の卒業アルバムです。
今と同じ枝ぶりの槇の木が写っていますね。
今の、二宮尊徳像の南だと記憶しています。

これを昭和60年に今の位置、東門前に移植したのです。
今から32年も前のことです。

今日の修了式には、6年間皆勤の児童に槇の木賞を授与します。
何より尊い賞だと思います。

槇の木は、皆さんの成長を見守ってきました。
卒業前に、もう一度じっくりと槇の木を見ておいてくださいね。

布袋スポーツ少年団 5.4年チーム 春季軟式野球大会

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布袋スポーツ少年団 5.4年チーム 春季軟式野球大会の結果が届きましたので紹介します。 

3月12日に春季軟式野球大会に出場しました。

9ー6で迎えた最終回。あと少しで勝利でしたが、9−10×で敗戦となりました。


「プレッシャーの中で勝ち切ること」の難しさを実感する試合でしたが、5年生は最高学年になる自覚が生まれ、4年生はチーム全体で強くなろうという意識が高まってきました。

くやしい気持ちを胸に、自分と向き合い、それぞれの足りない所を克服していってくれることを期待しています。

次はがんばれ!

布袋スポーツ少年団 3年以下チーム 春期軟式野球大会

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布袋スポーツ少年団 3年以下チーム 春期軟式野球大会の結果が届きました。

3年以下Aチーム 2対1で勝利!

終盤まで1対1の同点で迎えた最終回に見事サヨナラヒットを打ち、勝ちました!


3年以下Bチーム   2対17 で負けました。

初回に2点を先制し、その後は相手に点を取られました。3年生中心の相手に、オール2年生で挑んだ試合でしたが、アウトもたくさん取れ、よい経験ができました。

勝っても反省、負けても反省です。

練習している事が試合でできるようになってきました。
これからも、試合に勝てるように頑張って練習したいと思います!

感謝のカードをいただきました

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卒業生より、感謝のカードをいただきました。

嬉しいものですよ!

卒業生の皆さん、ありがとう!

【校長日記】 大正10年の卒業式は?

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明日は修了式、明後日が卒業式です。

校長室には、古くからの「学校日誌」が保存されています。

大正10年度
 大正11年3月22日(水)の学校日誌を見てみました。


天候 正午 晴

温度 正午 五八度


午前九時ヨリ終業式

午后一時ヨリ卒業証書授与式

 卒業生 高等科 四十四名
     尋常科 百拾九名

 参列者 江口町長、山本郡立高女校長
     其他町会議員

午后七時ヨリ農商補習学校卒業並に終業式挙行


当時は、全体の終業式を済ませてから、卒業式を行っていたのですね。

58度とは華氏のことで、摂氏に直すと14.4度です。

郡立高女とは、今の尾北高校のことです。
この年に創立されました。

【校長日記】 日々平安録

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知的なサイトを紹介しています。日々平安録は、内科医の宮崎先生の読書記録です。

ここから
 http://d.hatena.ne.jp/jmiyaza/

以前には、個人的なHPというサイトを運営しておみえでした。
その質が高いこと!

例えば、2006年の1月から4月の目次を見てみましょう。

1月 9日 P・G・ウッドハウス    エムズワース卿の受難録
1月14日 吉田健一          まろやかな日本
      Kenichi Yoshida      Japan is a circle
1月22日 荒川洋治          文芸時評という感想
1月28日 西郷信綱 廣末保 安東次男 編 日本詞華集
1月29日 筒井康隆          銀齢の果て
2月10日 海堂尊           チーム・バチスタの栄光
2月11日 U・セーゲルストローレ   社会生物学論争史(その1)
      S・J・グールド      パンダの親指 進化論再考
2月18日 A・ブラウン        ダーウィン・ウォーズ 遺伝子はいかにして利己的な神となったか
      U・セーゲルストローレ   社会生物学論争史(その2)
2月25日 近藤克則          健康格差社会 何が心と健康を蝕むのか
3月 5日 J・オルコック       社会生物学の勝利 批判者たちはどこでったか
3月11日 長谷川眞理子        進化生物学への道 ドリトル先生から利己的遺伝子へ
3月14日 A・J・カーティス     健康心理学入門
3月15日 N・ハンフリー       喪失と獲得 進化心理学からみた心と体(1)
3月19日 R・M・ネシー J・C・ウィリアムズ 病気はなぜ、あるのか 進化心理学による新しい理解
3月21日 D&A・プレマック     心の発生と進化 チンパンジー、赤ちゃん、ヒト
3月22日 N・ハンフリー       喪失と獲得 進化心理学からみた心と体(2)
3月23日 N・ハンフリー       喪失と獲得 進化心理学からみた心と体(3)
3月24日 N・ハンフリー       喪失と獲得 進化心理学からみた心と体(4)
3月26日 M・S・ガザニガ      脳のなかの倫理 脳倫理学序説(1)
3月29日 A・ロック         脳は眠らない 夢を生みだす脳のしくみ
4月 2日 A・R・ダマシオ      感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ
4月 9日 V・S・ジョンストン    人はなぜ感じるのか?
4月12日 J・H・カートライト    進化心理学入門
4月16日 P・ブルーム        赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理性の起源
4月23日 S・ピンカー        人間の本姓を考える 心は空洞の石版か(1)
4月25日 S・ピンカー        人間の本姓を考える 心は空洞の石版か(2)
4月26日 S・ピンカー        人間の本姓を考える 心は空洞の石版か(3)
4月29日 S・ピンカー        人間の本姓を考える 心は空洞の石版か(4)
4月30日 S・ピンカー        人間の本姓を考える 心は空洞の石版か(5)

こんな感じで10年以上続いています。

【校長日記】 韮山反射炉の謎

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昨日の記事で、かねてからの疑問が解決しましたと書きました。

そうしたら、かねてからの疑問とはどんな疑問ですか?と質問をいただきました。
良い質問です。さっそくお答えします。

その疑問とは、Q なぜこんな条件の悪いところに造ったの?という疑問です。

反射炉とは、簡単に言えば製鉄所の炉と同じです。
製鉄所は必ず海の近くにありますね。
なぜなら、原料となる鉄鉱石や石炭、また、製品も船の方が運びやすいからです。

伊豆半島は基本的に山です。
当時はトラックもありません。
なのに、なぜ、製鉄所みたいなものをこの韮山に造ったのでしょうか?

これが行ってみてわかりました。

この反射炉を造ったのが、幕末の偉人の一人、
韮山代官 江川英龍


英龍は、1840年(天保11年)のアヘン戦争に危機感を覚え、海防政策の一つとして、大砲を鋳造するために必要な反射炉の建設を訴えました。

そして、1853年(嘉永6年)の黒船来航を受けて、江戸幕府直営の反射炉として築造が決定されました。

やはり、初めは海の近くの、伊豆下田に築造を開始しました。
当然、鉄の原料や製品の運搬に便利なためです。

しかし、翌1854年(安政元年)、下田に入港したアメリカ合衆国のマシュー・ペリー艦隊の水兵が敷地内に侵入しました。アメリカに情報が漏れたのです。
幕府は、アメリカに敵意のないことを示すために、建造を中止します。

それでは英龍は収まりません。

そこで、江川英龍の地元である伊豆韮山に、密かに建造場所を変更したのです。
1855年(安政2年)、江川英龍が死去すると、跡を継いだ息子の江川英敏が築造を進め、1857年(安政4年)に完成した。

立地条件としては良くないのには、そんな理由があったのです。

ここで鋳造した大砲は、江戸湾のお台場に設置されました。

右下の写真の像が江川英龍です。

【校長日記】 最後の朝礼

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今日は今年度最後の朝礼をテレビで行いました。

テーマは「私の尊敬する人」です。
私は、尊敬する人の一人として、伊能忠敬を挙げました。

彼は小さい頃から星が好きな少年でしたが、伊能家に養子に入ります。
伊能家は、もともとは酒や醤油の醸造、貸し金業などでとても大きな名家でしたが、衰退しかけていました。
それを忠敬は立て直し、米の売買も始めて大成功を収めます。
3億円の資産を、70億円まで増やしたと言われています。

忠敬は、息子に早く後を継がせたかったのですが許可がおりません。49歳でやっと許可がおります。
そして、50歳で江戸に出て、19歳年下の天文学者 高橋至時(よしとき)に弟子入りします。
もともと星が好きではあったのですが、本格的な勉強は初めてです。
そして、55歳で、蝦夷地(北海道)の測量を開始します。

彼は、なぜ測量したかったのでしょうか?

それは、地球の大きさを知りたかったためなのです。
小さい頃からの夢でもありました。

江戸から蝦夷地までの正確な距離と緯度・経度が分かれば、地球の大きさを計算することができるのです。

そのついでに、地図を作成したのです。
あくまでもついでです。

彼が計算した地球の大きさは、現代の測定と比べても、誤差千分の一程度にしかすぎない正確なのものでした。

忠敬の地図を幕府が見て、その他の地域の地図を作るように命令をしたのです。
忠敬が歩測したのは4千万歩、その距離は3万5千キロ。
移動距離だけなら4万キロ。これは、忠敬が知りたかった地球の大きさです。

「子どもの頃から好きだった天文学を勉強したい!」

この夢を叶えるために、若い頃はしっかりと働き、50歳から勉強を始め、その技術を地図作りで生かした伊能忠敬。
その生き方には、驚きと尊敬の念を抱かずにはいられません。

一生涯学び続け、社会に貢献した忠敬。

そのような人がいたことを知っていてください。


朝礼の後半は、6年生が作成してくれたパネルを紹介しました。

今週中に図書館に飾ります。

【校長日記】 未来年表

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知的好奇心を育てるサイトを紹介しています。今回は、未来年表

この先、世界はどうなるかという予測が書かれています。

上の例は、10年度、30年後の一部を紹介していますが、2017年から2114年まで、毎年予想してあります。

未来を想像しながら見ると楽しめます。
 ここから https://seikatsusoken.jp/futuretimeline/

韮山反射炉に来ています

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世界遺産の韮山反射炉に来ています。
幕末に、列強から守ろうとした当時の人の気概を感じました。
ガイドさんに質問することで、かねてからの疑問が解決しました。

【校長日記】 MOA美術館 −2−

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熱海の海を見下ろす高台の上に立てられたMOA美術館

1月26日に、本校で美術セミナーを開いていただき、収蔵作品の一部である、歌川広重の「東海道五十三次」から「蒲原」「庄野」「四日市」など5点、吉田博の版画作品「弘前城」「雨後の夕」など5点を見せていただきました。

2月5日にリニューアルオープンし、そのお礼を兼ねて今回訪問しました。

本物の迫力も感じますが、見てみないとわからないこともありました。
例えば、昨日紹介した尾形光琳の紅白梅図屏風

右の紅梅が若く、左の白梅が老木と言われています。

(下の写真)右の紅梅には、「青々光琳」という雅号が書かれています。
そして、左の白梅には、「法橋光琳」と。

尾形光琳の戒名は、法橋 緒形 青々堂 光琳です。

頭の「法橋」は僧位の第三位を示す尊称です。中世以降は医師や仏師・絵師・連歌師などにも僧位に準じて称号として与えられました。
光琳は、元禄14年(1701年)に法橋の位を得ています。

紅梅は若い頃の「青々」で若い梅を、白梅は老いた後の「法橋」で老木を、中の川がその歳月を表しているのかもしれません。

これは一例ですが、こうした新しい見方ができるのも、実物を近くで見てわかること。

子供たちにも本物を見せたいものですね。

【校長日記】 THE PAGE ザ・ページ

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今回ご紹介するのは、THE PAGE ザ・ページ

気になるニュースをわかりやすくと説明されています。

この「わかりやすく」が大切です。

ニュースを見ながら、「これってどういうこと?」と聞かれたときに、わかりやすく説明することができれば、子どもの好奇心は育ちます。

ここから https://thepage.jp/

【校長日記】MOA美術館

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熱海のMOA美術館に来ています。
リニューアルして、写真撮影ができるようになりました。
尾形光琳の国宝 紅白梅図屏風 は3月14日まで見ることができます。
本物の迫力を感じます。

【校長日記】 便利な!天声人語風メーカー ver.2.2

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知的好奇心を育てるサイトを紹介しています。

今回は、便利な!天声人語風メーカー ver.2.2

天声人語は朝日新聞の社説です。

「天声人語風メーカー 」の空欄に言葉を入れてみると、天声人語らしくなります。
お遊びのサイトであるのですが、今後、新聞の社説を読むときの論理構成を考えるきっかけになります。

ぜひ試してみてください。

【校長日記】 農山漁村の郷土料理百選

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知的好奇心を育てるサイトを紹介しています。

今回は、農山漁村の郷土料理百選

知的好奇心に関係ない?

それでは、クイズにします。
郷土料理百選には、ほとんどの県から2つずつ選ばれています。

例えば、
長野県は、信州そば、おやき
三重県は、伊勢うどん、てこね寿司 です。

それでは、
Q 愛知県、岐阜県から選ばれた2つの郷土料理を予想してみましょう!

「おやき」のように、料理というよりは「食べ物」と考えたほうがいいものもあります。

愛知県は順当か・・・、岐阜県は???
答えはこちら!
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5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
学校行事
3/24 1〜5年修了式
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